第6話 秘密の地下通路
吹雪がやんだ深夜、ペンション「雪華」の裏庭は、雪に覆われた静寂の世界だった。アイゼン・ハワードと孫のカズヤは、ふとした思いつきで裏庭を歩きながら、雪の上に残る微かな足跡を追っていた。
「おや、カズヤ。この雪の上に奇妙な跡がある。人が歩いたものとは少し違うようだな」
「確かに。規則正しい靴跡ではないですね、爪先やかかとの形が不自然です」
二人が跡を辿ると、雪に半分埋もれた古い木製の蓋を見つけた。アイゼンが手で蓋を押し上げると、下には狭く暗い通路が現れた。湿った空気が鼻を刺激し、ひんやりとした冷気が通路から立ち上ってくる。
「これは…ただの倉庫の下ではないな。通路だ」
「偶然見つけたにしては、まるで用意されていたかのような形ですね」
懐中電灯を手に、二人は慎重に通路へ足を踏み入れる。狭く低い通路は、湿気と古い木材の匂いに包まれていた。壁際には、かすかに手形や擦れた跡、落ちた紙片が散らばっている。
「カズヤ、この通路…誰かが最近まで使っていた痕跡がある」
「ええ、足跡の形からすると、成人男性のものです。通路内の湿気で消えかかっていますが、完全に消えてはいません」
さらに進むと、壁に小さな彫り跡や、微かな文字が刻まれているのをカズヤが見つけた。
「これは…犯人の痕跡かもしれません」
「そうだ。誰かがここを通って、ペンション内に出入りしていた証拠だ」
アイゼンは鋭い目で周囲を観察する。微かな埃の乱れ、通路の角に置かれた小さな道具、落ちた手袋の破片――すべてが、犯人の行動の一部を示していた。
「この通路を使えば、宿泊客に気付かれずにペンション内を移動できる。犯人はペンションに詳しい人物か、偶然この通路を見つけた者に違いない」
「地下通路が、犠牲者の中村さんとどう関係しているのか、もっと詳しく調べる必要がありますね」
通路の奥には、さらに古びた道具や紙片が散乱しており、二人は手掛かりをひとつずつ拾いながら、慎重に探索を続けた。暗闇の中で微かな音が響き、雪の静寂と地下の湿気が、二人の心に緊張感を増幅させる。
「ここから先も調べる必要がある…犯人の痕跡を全部洗い出せば、この事件の全貌が見えてくるはずだ」
カズヤは静かに頷く。二人は互いの視線を交わし、暗闇の通路の奥深くに、事件の真実への手掛かりを求めて歩みを進めた。
暗く狭い通路を進むアイゼン・ハワードとカズヤ。雪の冷気と湿った空気が二人の呼吸を白く染める中、通路の奥に残る微かな痕跡が目に入った。落ちた手袋、擦れた壁、古い紙片――どれも犯人の痕跡であることに疑いはなかった。
「カズヤ、この手袋の大きさと形からすると、成人男性用だ。指先は少し擦り切れている。犯人は手先を使う作業に慣れている者だろう」
「なるほど…手先が器用で、細かい作業にも耐性がある人物かもしれませんね」
さらに進むと、壁の角に落ちた紙片をカズヤが拾い上げた。そこには、鉛筆で書かれた計画のようなメモが残っていた。
「……これ、ペンション内の動線と時間帯が書かれています。犯人はここを通って、誰も見ていない時間に行動していたようです」
「ふむ…つまり、犯人はペンション内の生活リズムを熟知している者。長期滞在者か、あるいは過去にここで働いていた可能性がある」
アイゼンは痕跡を一つずつ分析する。足跡の深さ、靴底の模様、通路の埃の乱れ――それらを総合すると、犯人は体格の良い男性で、慎重かつ計画的に動くタイプだと推測できた。
「この人物は、表向きは普通の宿泊客として振る舞いながら、裏では冷静に計画を進めていた可能性が高い」
「まさにペンション内で“潜伏”していたわけですね。これなら誰も疑わないはずです」
通路をさらに奥へ進むと、小さな収納スペースが現れ、そこに一枚の写真が落ちていた。写真には、中村聡がかつてペンションの管理を手伝っている姿が写っていた。
「…なるほど。犯人は中村さんを知っていた。恨みか、あるいは何か隠された秘密が関係しているのかもしれない」
「つまり、中村さんの死は偶然ではない。計画的な殺害だと考えられますね」
通路の暗闇の中、二人は互いに目を合わせる。外見では普通の宿泊客に見える人物たちが、実は犯人として潜んでいる可能性――その思いが二人の心に重くのしかかる。
「ここまでの痕跡を整理すれば、犯人の動機も見えてくるはずだ」
「はい…しかし、この情報をどう扱うかも慎重にしないと、宿泊客たちの間に不信が広がります」
アイゼンは微かに笑みを浮かべた。
「不信と疑心は、犯人を追い詰める最大の武器にもなる。だが、慎重に誘導しなければ、真実を見失うことになるだろう」
通路を抜けた先には、ペンションの裏庭へと続く出口があった。雪に覆われた夜の庭は、静寂に包まれている。しかし、二人の胸中には、犯人を暴くための冷徹な計画と、宿泊客たちの心理戦の予感が静かに渦巻いていた。




