第4話 死刑執行人
ペンション「雪華」での朝は、穏やかどころか、張り詰めた不安に包まれていた。凍死した囚人の発見に続き、館内はまだ深い沈黙に覆われている。宿泊客たちは互いの視線を警戒し、誰もが少しずつ疑心暗鬼に染まっていた。
田中健一は居間の窓辺に立ち、吹雪で白銀に染まった裏庭をじっと見つめる。
「…この事件、偶然では片付けられないな。」
隣に立つ寺田恵理子も、手にしたノートをぎゅっと握りしめる。
「健一さん、何か大きな陰が潜んでいる気がするわ。私たちで調査を始めるべきよ。」
伊藤誠一は論理的な思考で周囲を見渡し、技術的な可能性を冷静に分析していた。
「通信はすべて途絶している。外部との連絡は不可能。ここで起こることは、全て館内で完結するはずです。」
小林花は明るく声を張りながらも、内心の不安を隠せずにいた。
「こんな素敵なペンションなのに…何か、嫌な予感がする…。」
鈴木大輔はノートに視線を落とし、観察力を研ぎ澄ませる。
「…動機やパターンには共通点があるはずだ。」
山本拓也はカメラを手にし、吹雪が止んだ庭を撮影する。雪に残る足跡や微かな痕跡を見逃さないつもりだった。
「明日になれば、雪が消えて証拠も消える。今のうちに確認しておかないと。」
その夜、館内の時計が深夜1時を指すころ。
再び、2階のある宿泊客の部屋のドアの隙間に、一枚の手紙が差し込まれた。
【馬場紀夫の死について話がある。裏庭に夜1時に来てほしい】
手紙を手にした者の心臓は、恐怖で激しく打ち震えた。雪に覆われた裏庭、月明かりだけが道を示す。階段を慎重に降り、雪を踏む音を最小限に抑えながら、彼は裏庭に向かう。
その時、雪の中から現れた影は、月光に銀の刃を反射させていた。
「…そ…そうか、あなたが…」
影は微動だにせず、冷たい沈黙で応えるのみ。
彼は後退りし、息を呑む。刃が微かに光り、氷のような冷気が肩越しに伝わる。
「俺がここに来たのも…天命か、運命か、宿命か…」
その時、影の口がゆっくりと開き、低く、金属を噛むような響きで放たれた。
「…死刑 ヲ 執行スル」
影はゆっくりと踏み出し、宙を切るような動作で鈍器で頭部を殴った。
血が雪に赤く滴り、冷たく凍りつく。声は出ず、ただ体が力なく倒れ込む。
刃は短く鋭く、確実に命を断つ。その所作は機械的で、感情の欠片もない。
倒れた体の傍で、影は一瞬立ち止まり、月光に浮かぶ赤い血痕を見下ろす。
その姿は、人間の理解を超えた冷酷さを帯びていた。
翌朝、寺田健一と寺田恵理子は裏庭に出ると、白銀の雪の中に無惨な姿を見つけた。
中村聡、 元警察官で、館内でも誰からも慕われていた人物が、新たな犠牲者となっていた。
アイゼン・ハワードは沈黙したまま現場を見下ろし、孫のカズヤが冷静に分析する。
「この死には明確な意図があります。偶然ではありません。」
「その通りだ、カズヤ。次の手がかりは、必ず現場の細部に隠されている。」
鈴木大輔はメモ帳に文字を走らせ、冷静な声で呟いた。
「犯人は、この館の中で我々を試している。」
寺田健一は宿泊客たちに向かい、低く力強い声で告げた。
「皆さん、これは偶然じゃない。犯人はここにいる。我々全員で協力して、次の犠牲を防ごう。」
外では雪が静かに舞い、白銀の世界は再び何かを隠すように沈黙した。
ペンション「雪華」に、見えざる恐怖の影が確かに忍び寄っていた。




