フェーズ11 宇宙ステーション攻防 重力の鎖を断つ
赤黒い結界が唸りを上げ、制御球の間全体を飲み込む。
金属アームが鞭のように蠢き、重力の奔流がアイゼンを押し潰さんと収束していく。
アリシアはその中心で狂気の光を宿した眼差しを放ち、両腕を広げた。
まるで舞台の主役として、自らの思想を全世界へと響かせるかのように。
「見える? 地球は病んでいる。都市は腐敗し、海は汚され、人間は欲望に溺れ続ける……」
彼女の声は甘美で、同時に刃のように冷酷だった。
「だから私はラスト・コアで地球の“重力”そのものを書き換える。 大陸は浮かび、海はひっくり返り、空は裂け……旧き文明は音を立てて崩壊するのよ」
スクリーンには、大気の渦に飲まれて浮遊する都市群、引き剥がされ漂う大地、海底から浮上する暗黒の海流が映し出される。
人類の営みは脆く、玩具のように宙に散っていく。
アリシアは恍惚と笑い、結界を操ってさらに重力を強める。
「無重力の新世界、そこには階級も、国家も、歴史すらない。私の選んだ“強き者”だけが支配する世界!」
ガァンッ!
その瞬間、制御室を覆う闇が蠢いた。
圧し潰されていたはずのアイゼンの影が、まるで生き物のように膨張し、赤黒い結界を裂きながら伸びていく。
アイゼン・ハワードの瞳が闇の中でぎらりと光る。
「……歴史を切り捨てるだと? 甘い。お前はただ、自分の狂気に酔っているだけだ」
ギロティーナが、悲鳴をあげるように脈打った。
漆黒の刃から奔出した影が一斉に鞭のようにうねり、アリシアの金属アームと激突。
ガギィィィンッ!!
火花と影が交錯し、結界の天井から次々と光パネルが砕けて宙を漂う。
押し潰していた重力が一瞬だけ揺らぎ、アイゼンは身を翻して虚空を蹴った。
「黒刃の名は断罪。この刃は、世界の終わりを望む者を許さぬ」
ギロティーナを振り抜くと、無数の影の刃が放射状に奔り、アリシアの結界を切り裂いていく。
制御室そのものが悲鳴をあげ、青白い光が乱流となって暴れ出した。
アリシアの笑みが一瞬だけ消える。
しかし次の刹那、彼女は狂気に燃える瞳で再び笑った。
「いいわ、アイゼン! あなたこそ、私の新世界の礎にふさわしい!」
二人の力が激突し、制御室全体が爆発的な衝撃波に揺れる。
パネルも、壁も、光もすべて吹き飛び、Λ-Nexus最奥はまるで宇宙空間に飲み込まれたかのような混沌と化した。
世界の終焉の戦いは、まだ始まったばかりだった。
アリシアが両腕を掲げた瞬間、制御球から奔出した青白い光が鎖の形を取り、空間そのものを縛り始めた。
「これが私の新たな武器……!」
鎖は空気ではなく“重力そのもの”で編まれていた。
触れた者の骨は粉砕され、金属ですら潰れてひしゃげる圧力。
数十本の光鎖が一斉にアイゼンへと襲いかかる。
バギンッ!!
その瞬間、アイゼンの身体は絡み取られ、四肢を拘束される。
漆黒の外套が軋み、骨が悲鳴をあげるほどの重力が押し潰す。
「ぐぬ……!」
ギロティーナを握る腕ですら軋み、影の力さえ鈍らせる。
アリシアの顔に勝利の笑みが浮かんだ。
「終わりよ、アイゼン! あなたも他の人間と同じ――重力の檻に囚われて潰えるだけ!」
鎖がさらに締め付けられ、制御室の空間が歪む。
床も壁も捻じれ、鉄骨が悲鳴を上げて潰れていく。
まるでこの場そのものが“圧殺”されようとしていた。
だが
「……断罪は、まだ終わらん」
低く呟いたアイゼンの瞳が、燃えるように紅く光った。
次の瞬間、ギロティーナの刃が黒炎を纏い、振動するように唸りを上げる。
ズゥゥゥンッ!!
刃先から奔出したのは影の奔流。
それはまるで幾千の黒翼が広がったかのように空間を覆い、迫り来る重力鎖に食らいついた。
「《断罪ノ刃〈ギロティーナ〉》――影絶ノ斬!」
ガキィィィィィィン!!
漆黒の斬撃が一閃。
青白く輝く重力の鎖は次々と断ち切られ、爆ぜるように霧散していった。
アリシアの笑みが凍り付く。
「な……私の《グラビティ・チェイン》を……!?」
アイゼンは拘束を解き放ち、闇の翼を広げて虚空に浮かぶ。
その姿は漆黒の断罪者――まるで宇宙そのものが人の形を取ったかのようだった。
「世界を縛る鎖も……狂気に酔ったお前の妄想も……この刃がすべて断ち切る!」
ギロティーナを振り下ろすと、闇と光が激突し、Λ-Nexus全体が震撼する。
外壁の装甲板が剥がれ、制御室の窓から地球の青が閃光のように覗いた。
アリシアは一歩も退かず、逆に歓喜の叫びをあげる。
「いいわアイゼン! その力……その狂気……私の新世界を築く礎として、存分にぶつけ合いましょう!!」
こうして、
最終幕の衝突が幕を開けるのだった。




