第8話 仮面を剥がす推理
サロンに集められた一同の前で、カズヤは静かに口を開いた。
「犯人は、幽霊でも冥界の使者でもありません。
この屋敷にいる、誰かです」
一族の視線が一斉に彼へ注がれる。
クラリッサ夫人は青ざめ、侯爵は苦渋に満ちた表情を浮かべる。
アイゼンハワードが一歩前に進み、ワインの杯を手に取った。
「密室の謎は、伸縮する“魔糸”によって解けた。
では、毒殺はどうだ?答えは、この杯そのものにある」
カズヤはユリアンの使ったグラスを示し、指で底を叩いた。
鈍い音が返る。
「他の杯と違って、この一つだけ“底が二重”になっていました。
隙間に仕込まれていたのは、遅効性の毒液。
ワインを注いだ瞬間は気づかれず、時間とともに混ざり合っていったのです」
一族に動揺が走る。
「だが、これだけでは足りない」
アイゼンハワードの赤い瞳が鋭く光る。
「杯を並べて配膳する段で、誰にその細工が渡るかは分からぬはず。
ユリアンの杯に確実に毒を混ぜるには、“最後の一押し”が必要だった」
カズヤが頷く。
「犯人は、ワインを注ぐ際に“魔糸”を使った。
見えない糸で小瓶を操り、ユリアンの杯にだけ毒を一滴、落としたんです。
その瞬間を、全員が目の前で見ていた。……けれど誰一人、気づけなかった」
クラリッサ夫人が口元を覆い、侍女アンナが小さく悲鳴をあげる。
「この二重の細工と、偽りの手紙を操ったのは」
カズヤの視線が鋭く突き刺さる。
「ユリアンの死によって、遺産の分配は大きく変わる。
不利な立場を逆転させるために、あなたは“幽霊の仕業”を演じたんだ」
アイゼンハワードが低い声で続ける。
「エリザベート嬢の古い手紙を加工し、あたかも死者が冥界から告げてきたように見せかけた。だが残念だな“死者の気配”とやらも、魔術をわずかに心得ていれば簡単に偽装できる」
侯爵家の広間は、張りつめた沈黙に包まれた。
誰もが息を呑み、次に告げられる「名指し」を待っている。
カズヤは一歩前へ出た。
「犯人は、あなたです」
そして、犯人の名を告げた。




