第4話 全員のアリバイ
晩餐の騒乱から間もなく、侯爵家のサロンに一同が集められた。
重厚なカーテンが閉じられ、ランプの灯が揺れる。
そこに並ぶのは、青ざめた顔をした家族と、無言の使用人たち。
中央に立つアイゼンハワードが、杖の先で床を軽く叩いた。
「まずは確認だ。ユリアンが息絶えたのは、およそ三十分前。
その時刻。あなたちはどこにいた?」
事情聴取開始。
「私は晩餐の席に。全員が揃っていたはずです」
リヒャルトが答えると、他の家族もうなずいた。
「わたくしも……。食後の紅茶をいただいておりました」
セシリアが怯えた声で言う。
「確かに」ハインリヒ執事が証言する。
「侯爵家の一族も使用人も、すべてサロンに。
ユリアン様以外に席を外された方はございません」
その言葉に、サロンは一層重苦しい沈黙に包まれた。
つまり。誰ひとり犯行は不可能に思える。
カズヤは、グラスを思い返すように唇を噛んだ。
「……でも、ひとつ気になる。
食後のワイン、あれ……香りがいつもと違っていた気がする」
「ふむ。毒でも仕込まれていたと?」
アイゼンハワードが赤い瞳で孫を見やる。
「断言はできない。ただ……妙に渋みが強くて」
だが証拠はなく、誰もその違和感を確かめる術はなかった。
カズヤは言葉を飲み込み、握り拳を膝に落とす。
そのときだった。
ぽろろん、と。
誰も座っていないサロンの片隅から、澄んだピアノの音が鳴り響いた。
同の顔色が凍りつく。
「な……!?」
セシリアが悲鳴を上げ、クラリッサ夫人は胸に手を当てる。
ピアノの蓋は閉じられたまま。だが、確かに音は鳴り続け、やがてふっと途切れた。
沈黙の中、もう一つ異変が起きた。
侯爵が机に置いたはずの“二通目の手紙”が忽然と消えていたのだ。
「手紙が……ない!」
リヒャルトが叫ぶ。
「やはり、これは幽霊の仕業だ!」
その場を支配する動揺の中、ただ一人、魔族のおっさんだけが静かに微笑んでいた。
「ふ……面白い。幽霊ときたか。ならばなおさら解ける」
彼はマントを翻し、サロンの中央に進み出る。
「いいか、諸君。幽霊は存在しない。
そして密室は必ず破れる」
赤い瞳が一族を射抜き、ひとりひとりの胸を冷たく貫いた。
「約束だ。わたしがこの謎を暴く前に、冥界にもう一人連れて行かれることはない」
だがその言葉が、どれほどの安堵を与えたかは分からない。
むしろ一族は皆、怯えた瞳で互いを見つめ合っていた。
この館にいる誰かがエリザベートの幽霊を演じている。




