第3話 密室の死
ユリアンの部屋の扉をこじ開けた瞬間、誰もが息を呑んだ。
厚いカーテンに遮られた薄闇の中、青年の身体は床に倒れ、鮮血が絨毯を濡らしていた。
その瞳は虚空を見開き、喉元には鋭い刃の跡――。
「……!」
クラリッサ夫人が悲鳴を上げ、口を押さえて膝を折った。
ハインリヒ執事は冷ややかな目で室内を一瞥する。
「扉は内側から施錠されていました。窓も……格子付きで、破られた形跡はございません」
「密室……というわけか」
アイゼンハワードが赤い瞳を細め、床を歩む。
「幽霊にしか成し得ぬ仕業だと? いや、人はいつだって“幽霊の仮面”をかぶれるものだ」
二通目の手紙
そのとき、カズヤが息をのんだ。
「……おい、見ろ」
ユリアンの伸ばした右手のすぐそばに、封筒が落ちていた。
血の飛沫をかすかに浴びたそれは、先日侯爵家に届いた手紙と同じ紋章で封じられている。
アイゼンハワードが拾い上げ、封を裂いた。
中にあった便箋には、震えるような筆跡で、ただ一行。
『約束はまだ終わらぬ』
その場にいた全員の背筋を冷たいものが駆け抜けた。
「……馬鹿な」
リヒャルトが蒼白な顔で呻く。
「まさか、エリザベートが」
「黙れ!」
当主レオポルト侯爵が怒声を発するが、その声もわずかに震えていた。
「これは……悪戯だ! 卑劣な、許されぬ悪戯だ!」
だが、誰の心にも確信はなかった。
三年前に死んだ令嬢の名を持つ幽霊が、次なる犠牲を告げているのではないか。
アンナ侍女は壁際で身を震わせ、か細い声で囁いた。
「……わたし、見たのです。お嬢さまが……廊下を歩いていらっしゃるのを」
その告白に、一族の顔が一斉に蒼白に変わる。
恐怖の鎖が、邸をひしひしと締め付けていく。
アイゼンハワードは血に濡れた床を見下ろし、低く笑った。
「死人は言葉を持たぬ。……だが手紙は、確かに人の手によって書かれた」
その声音には皮肉と確信が混じっていた。
しかし、今や屋敷の誰もがエリザベートの幽霊の存在を疑わずにはいられなかった。




