第2話 呪われた晩餐
重厚なシャンデリアが黄金の光を放ち、長大なテーブルに銀器が整然と並べられている。
その優雅な場に、しかしどこか冷たい緊張が漂っていた。
侯爵家の晩餐会は、かつては名士を招く華やかな場であった。だが今宵集うのは血縁と古き使用人、そして招かれた二人の客人――カズヤとアイゼンハワード。
「……エリザベートの好んだワインですわ」
クラリッサ夫人が囁くように注がれたグラスは、かすかに手の震えで揺れていた。
「母上、その名を軽々しく口にするものではない」
長男リヒャルトが低い声で制した。
しかしその言葉は、むしろ抑えていた思い出を刺激したらしい。
「そういえば彼女の肖像画は……」
マデリンが俯き、誰にともなく呟く。
視線が大広間の壁へ向いた瞬間、使用人の一人が小さく悲鳴をあげた。
そこには確かに、エリザベートの肖像画が掲げられている。
――その額の前に、真新しい白百合が一輪、供えられていた。
「なっ……!」
「誰が、いつ……?」
ざわめきが広がる。
肖像画の周囲には誰も近づいていなかった。鍵も掛けられていたはずだ。
にもかかわらず、そこに白百合は確かに置かれている。
「……冥界の客人も、晩餐に混じりたがっているようだ」
アイゼンハワードがワインを傾け、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「馬鹿げたことを言うな!」
当主レオポルト侯爵が卓を叩き、声を張り上げる。
「この手紙も花も、すべては人間の仕業だ。亡霊など存在せん!」
しかし声の強さとは裏腹に、その手は微かに震えていた。
緊張をほぐそうとするかのように、話題はやがて遺産分割や屋敷の行く末へと移っていった。
だが、亡き令嬢の影をまとった言葉は、一層の不協和音を招くだけだった。
晩餐が終わり、ユリアンがグラスを片手に立ち上がった。
「やれやれ、くだらぬ幽霊話に付き合っては酒が不味い。私は先に休ませてもらおう」
薄笑いを浮かべ、青年は自室へと引き上げていった。
彼の足音が階上に消えた後も、大広間の重苦しさは拭えない。
「……カズヤ」
アイゼンハワードが囁くように言う。
「死人の言葉ほど、人の心を縛るものはない。面白くなってきたと思わんか?」
カズヤは眉をひそめ、ワインのグラスを置いた。
「面白がる問題じゃない。今夜、誰かが本当に――」
その瞬間だった。
屋敷全体を震わせるような絶叫が、二階から響き渡った。
食堂にいた全員が凍りつき、次いで慌ただしく立ち上がる。
「ユリアン様のお部屋からです!」
侍女アンナの叫びが恐怖に震えていた。
一同が駆けつけ、扉を叩いたが返事はない。
執事ハインリヒが鍵を開け、扉を押し開けると――
そこにあったのは、血に染まった床と、崩れ落ちるユリアンの姿だった。
その喉元には鋭い刃の跡。窓は内側から施錠され、密室を成していた。
「……冥界の約束が果たされた、というわけか」
アイゼンハワードが低く呟いた。
青ざめた一族の顔を前に、カズヤは思わず背筋に冷たいものを感じた。
幽霊の手紙は、単なる悪戯ではなかった――。




