第1話 冥界からの手紙
冬の曇天の下、黒塗りの馬車が石畳を軋ませて走る。
行き先は、名門レオポルト侯爵家の屋敷。
カズヤは窓の外に広がる陰鬱な森を見やり、ため息をついた。
「……本当に来ちゃったな。死人の手紙に呼ばれてさ」
「好奇心を抑えられんのは、探偵の性だよ」
ワインレッドのマントを翻したアイゼンハワードは、どこか愉快そうに答えた。赤い瞳は、これから起こる惨劇すら“上質な余興”と見ているようだった。
やがて馬車は重厚な鉄門をくぐり、広大な庭を抜けて館の前に止まった。
石造りの屋敷は、時の重みを刻むように沈黙して佇んでいた。
二人を出迎えたのは、老執事ハインリヒ。
背筋をぴんと伸ばし、感情を見せぬ顔で深く一礼する。
「ようこそ、お越しくださいました……クラリッサ様がお待ちでございます」
屋敷の大広間には、一族が集っていた。
豪奢な燭台の灯が揺れ、長いテーブルに並ぶ顔ぶれは、どこか不安げに沈んでいた。
レオポルト・シュトラウス侯爵
白髪の当主。厳格で威厳を湛えるが、その目には怯えが隠せない。
クラリッサ夫人
病弱な侯爵夫人。娘エリザベートを溺愛していた。青ざめた顔でアイゼンハワードを見つめる。
リヒャルト
長男。軍服のように整った身なり。冷静沈着で、家名を汚すまいと強く振る舞っている。
セシリア
長女。離婚を経て戻ってきた女性。鋭い視線の奥に焦燥を隠している。
ユリアン
侯爵の甥。薄笑いを浮かべ、手紙を悪戯と決めつけている。
フェリクス
同じく甥。物静かだが、時折見せる眼差しに暗い影が差す。
マデリン
侯爵の姪。美しいがどこか憂いを帯びている。亡きエリザベートの幼馴染で、今も喪服のような黒衣を纏う。
【使用人・関係者】
執事 ハインリヒ
屋敷を仕切る老執事。長年一族を見守ってきた。冷静で表情を崩さないが、鋭い観察眼を持つ。
侍女 アンナ
亡きエリザベートに仕えていた若い侍女。主の死を今も悼んでいる。
「亡霊を見た」と証言し、震える声で一族をさらに不安に陥れる。
執務医 クレメンス
侯爵家専属の医師。冷徹な理性を持ち、検死を担当する。
遅効性の毒を見抜くなど専門的知識を有するが、どこか人間味に乏しい。
アイゼンハワードとカズヤが席に着くと、重苦しい沈黙の中で侯爵が口を開いた。
「……三年前に死んだはずの娘の名で、“今宵、血が流れる”と記された手紙が届いた。 だが、これは悪戯にすぎん……そうでなければならん」
強がる声の奥に、不安が滲んでいた。
クラリッサ夫人が震える手で手紙を差し出す。
封蝋はすでに割られているが、その筆跡は確かに亡きエリザベートのもの。
そして、淡く漂う瘴気が、冥界の影を示していた。
「……死人が冗談を言うはずもない」
アイゼンハワードが低く呟く。赤い瞳が一族と使用人を順に見渡した。
「さて、今宵この館で流れる血は、果たして誰のものか――」
大広間に漂う空気は、一気に張り詰めた。




