プロローグ 旧友からの招待状
名門レオポルト家に、一通の奇怪な手紙が届いた。
差出人の名は、三年前に死んだはずの侯爵令嬢・エリザベート。
クラリッサ夫人はその文字を見た瞬間、血の気を失った。
『この日、家族のひとりが死ぬ。冥界から見ている。約束は果たされる』
震える指でなぞった筆跡は、間違いなく娘のものだった。
そして封筒から検出された魔力は、“死者の気配”を帯びていた。
それは、悪戯や贋作では到底説明できないものだった。
恐怖に囚われたクラリッサ夫人は、ただ一人の旧友へと筆を執った。
魔族にして、かつて貴族界を華やかに彩った男。
今は英国情報機関MI6の対異能特務課に身を置く探偵。
その名はアイゼンハワード・ベルデ・シュトラウス。
ロンドンの夜。
赤い瞳の男は書斎で手紙を読み、深く息を吐いた。
ランプの灯が影を長く伸ばし、重苦しい空気をいっそう濃くしていた。
「……死者の筆跡に、冥界の魔力か。まったく厄介なものを寄越してくれる」
ワインのグラスを揺らしながら、彼はゆるやかに口角を上げる。
その顔は優雅でありながらも、どこか疲れた男の翳りを宿していた。
背後から声がした。
「アルおじさん、また厄介事か?」
カズヤだった。
若い孫は、半ば呆れたような顔で祖父を見つめていた。
「厄介事? カズヤ、これほど愉快な招待状はそうそうないぞ。
死んだ令嬢が“家族を殺す”と予告してきたんだ。……さて、この芝居の幕はどこから落ちるか」
「愉快? 死人の手紙なんて、不気味なだけだ。
……まさか本当に、冥界から届いたと思ってる?」
「さあな。真実は常に二つの顔を持つ。
ひとつは人の手で作られた偽り。
もうひとつは……人知を超えた闇から伸びてくるものだ」
アイゼンハワードはそう言って、机の上に依頼状を置いた。
ランプの灯が、その封蝋を血のように赤く染める。
「いずれにせよ、このままではレオポルト家の夜会は血で濡れる。
我々が行かねばならん。探偵の役目は、冥界の影にすら光を当てることだ」
カズヤは黙って祖父を見つめた。
彼の心には、事件の不安と期待が同時に芽生えていた。
そしてこの招待が、自分たちを“血塗られた館”へと導く幕開けになることを、まだ知る由もなかった。




