プロローグ(アリシア視点)
瓦礫の崩れる音が、まだ遠くで響いていた。
紫の残光が、死にかけた都市の心臓の鼓動のように脈動している。
私は膝をついていた。
左腕から流れる血が、瓦礫に染み込み、暗闇に溶けていく。
痛みなどどうでもいい。
私はすべてを奪われた。それがすべてだった。
オメガ・スフィア。私の未来を繋ぐ唯一の鍵。
あれを奪ったのは、かつて仲間と呼んだ者たち。
アイゼンの冷徹な眼差し、セリーヌの純粋な憤怒、ジャスパーの嘲るような笑み。あの瞬間、私の中で何かが決定的に砕け散った。
世界は、まだ気づいていない。
自分たちが救われたと信じているあの夜が、すべての終わりの始まりだったことを。
あの地下で、私は見た。
アイゼンハワードの怪物の姿。
セリーヌの、愚直な正義。
ジャスパーの、したたかな頭脳。
そして……彼らの裏切り。
いや、違う。裏切ったのは私だと彼らは言うだろう。
けれど真実は――私は利用され、捨てられた。
ただそれだけのこと。
オメガ・スフィアを奪われた瞬間から、私の世界は燃え落ちた。
仲間など不要。信頼など無意味。
必要なのは力。
世界を、MI6を、そして奴らを跪かせる圧倒的な力だけ。
だから私は手を伸ばす。
世界中に散らばった「異界技術」。
戦場で拾い上げ、血に染め、己のものとする。
スフィアの残滓を奪い返し、真に起動させる日まで。
その時、世界は再び膝を折るだろう。
正義を掲げた偽善者たちも、冷笑する老魔族も。
これは復讐の物語。
私の名は アリシア・ヴァルデス。
裏切りの女、影のエージェント。
そして次に笑うのは.... 私だ。
紫の光が瓦礫の裂け目から射し込み、私を照らす。
それはまるで、復讐を誓う私にのみ与えられた炎のようだった。
瓦礫を蹴り、私は歩き出す。
血に濡れ、傷だらけの体。
だが心にはもう、迷いはなかった。
崩壊の闇に身を沈めながら、私は影と共に消えていった。
新たな秩序を築く日を、必ず迎えるために。




