【最終話】 夜想曲の終わり
霧は徐々に晴れ、グレイデン城の石畳に朝の光が薄く差し込んでいた。
かつて凄惨な戦場となった大広間は、今や静寂に包まれる。
亡霊騎士団。赤き盾の誓いに縛られ、何度も立ち上がった魂たちは、最後の使命を果たすと、まるで霧と溶け合うように静かに消えていった。
鎧の金属音も、剣のざわめきも、もうどこにも残らない。
カズヤは城の廊下に立ち、手の中の剣を握りしめる。
剣の魂。セリスの声は、もはや囁きではなく、穏やかな余韻として胸に残っていた。
『我らの誓いは、ここに果たされた。
守るべきものを護り、魂は安らぎを得る。』
アイゼンハワードはマントを翻し、赤い瞳で城を見上げる。
471年の生涯で、彼ほど長く、静かに戦場を見つめた者はいないだろう。
しかし、彼の顔には疲労と共に、どこか安堵の色が漂っていた。
「……終わったか」
低く呟く声に、霧は答えず、ただ冷たい空気が二人の間を撫でる。
カズヤは剣を鞘に納め、静かに頷いた。
「ええ……この城は、もう、誰のものでもない」
夜の廃城は時を止め、死者の意志だけを歩ませていた場所。
その役目は終わり、今はただ、過去の影と記憶だけを残して静かに眠る。
二人は城門をくぐり、霧の向こうへと歩を進める。
冷たい風が髪を揺らし、遠くで鳥の声が微かに響いた。
霧が晴れゆく城の石畳に、朝の光が差し込んでいた。
幾度となく蘇った亡霊騎士団も、最後の誓いを果たした今は、霧に溶けるように姿を消す。
金属の響きも、剣戟の残滓も、もうどこにもない。
カズヤは剣を鞘に納め、その手にまだ微かに残る震えを見つめた。
耳の奥に残る声――騎士団長セリスの囁きは、もう応えない。
ただ静かに、温かな余韻だけを残していた。
アイゼンハワードは振り返り、城の尖塔を見上げる。
その眼差しは長い戦いを終えた者のものだったが、ほんの一瞬、赤い瞳がかすかに揺れる。
「……これで、本当に終わったのか」
カズヤは答えず、ただ小さく頷いた。
二人は並んで城門を出る。冷たい風が吹き抜け、霧を裂き、遠くで鳥の鳴き声が聞こえた。
しかし、城は沈黙の奥でまだ息づいていた。
崩れかけた大広間の壁には、血のように赤黒く残る紋章が滲み、誰もいないはずの回廊からは一瞬だけ鎧のきしむ音が響いた。
消え去ったはずの魔力の残滓が、空気の底に微かに渦を巻いている。
それは風か、あるいは未だ眠りきらぬ誓いの断片か。
「……聞こえたか?」
カズヤが立ち止まる。
アイゼンハワードは振り返らず、歩みを進めながら短く答えた。
「忘れろ。影は影のままでいい」
霧深き夜想曲は終わった。
だがその残響は、確かに城に留まり、静かな不安を刻みつけていた。
二人の影が霧の彼方に消えると同時に、城の奥で
確かに、誰かの低い嗤い声が微かに木霊した。
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:幽騎士城の夜想曲』
ー完ー




