第四話 邪神の町(カルト・タウン)
海賊船が港に停泊し、俺とシスターマリアは重たい扉のような町の門をくぐった。
「……なんか、空気が……澱んでるわね」
「うん。空も曇ってるし、なんか匂う……焚き木じゃない、これは……獣と血の臭いだ」
瓦礫のような石畳、割れた窓、どこかの国の教会を模したような建物が黒ずんで建っていた。
そのすべてに──妙な紋章が刻まれている。触手のような模様、目玉のような彫刻、歪な十字。
「おい、見ろ……あれ……」
人々はみなフードを深くかぶり、何かに取り憑かれたように街中をさまよっている。
「……勇者が……来たぞ……」
「生贄だ……血だ……目覚めの時だ……」
すれ違うたびに囁かれる、不気味な声。
俺たちの存在が、すでに“知れている”そう確信するには十分だった。
「こりゃマズいな……この雰囲気、勇者たちまで連れてたら、一発で囲まれてた」
「ええ。アルベルト様たちには海賊船で待機していただきましょう。私たちだけで様子を見るわ」
そうして俺とシスターマリアだけで町へと潜入し、情報収集と物資調達を進めることになった。
町の酒場は潰れ、広場の像は全て首を落とされていた。
代わりに建っていたのは、触手に抱かれる龍の姿をした黒い偶像。
「……ティアマット……?」
シスターマリアが彫像を見上げ、眉をしかめた。
「まさか、あの地底竜を復活させるつもりじゃ……?」
そのとき、ひとりの老人がこっそりと近づいてきた。
腰が曲がり、服はボロボロ。だが、その目は澄んでいた。
「……あなた方は……勇者様の、お仲間で……?」
「そうだが……誰だ、あんた?」
老人はあたりを警戒し、小声で言った。
「ここでは話せん。地下へ……“白い薔薇”の者たちが、あなた方をお待ちしておる」
連れて行かれたのは、町の外れにある壊れた倉庫の裏手。
錆びた鉄扉の先、階段を下りた先に広がるのは、薄暗い下水道──その奥に灯る松明の光。
そして、そこに現れたのは一人の男。白いマントを羽織り、険しい表情をしたリーダー。
「ようこそ、勇者の仲間たち。俺はナカムラ、“白い薔薇”の指揮官だ」
ナカムラは静かに頭を下げた。
「我々は、この町を邪神教から解放するために、地下で戦っている者たちだ。……奴らの名は“闇の司祭カザール”。やつらは、かつて封印された地底竜ティアマットを復活させようとしている」
「……ティアマットの封印を解くには、儀式と……“生贄”が必要なの」
シスターマリアが呟くと、ナカムラがうなずいた。
「ああ。数か月前から、町の若者や旅人が、“神殿”へと連れていかれ……二度と戻ってこない。」
「いま、やつらが目をつけているのが、“勇者アルベルト”だ。闇の司祭カザールは、勇者の血をもって封印を砕くつもりだ」
俺は拳を握りしめた。
「ふざけた話だな。仲間を“竜の餌”にするわけにはいかねえ」
ナカムラが俺を真っ直ぐに見た。
「勇者が来たことで、計画は最終段階に入った。時間はない。頼む……我々に力を貸してくれ。神殿へ潜入し、ティアマットの復活を止めてくれ」
俺は静かに頷いた。
「……任せろ。“地獄の底”は見てきた。その先にある“竜の胃袋”だって、喉に引っかかってやるよ」
マリアが祈りの言葉を呟きながら、微笑む。
「神に代わり、邪神を裁きましょう」
ナカムラは目を細め、小さく頷いた。
「白い薔薇は、君たちの味方だ。神殿の地図と、内部構造を知る者もいる。準備が整い次第共に乗り込もう」
俺たちは反邪神教のレジスタンスの白い薔薇ナカムラ達と供に血の神殿へと乗り込むこととなった。