第7話 剣の記憶と夢術師の影
戦いの余韻がまだ石の回廊に漂っていた。
アイゼンハワードは血のように重い沈黙を背負いながら、崩れた甲冑の残骸を見下ろしていた。
「……グラウス……」
その声には苦渋が滲む。
カズヤは手にする剣を見つめていた。
亡霊の消滅とともに、その刃から微かな声が響いた。
低く、しかし誇り高い響き――それは、かつての騎士団長セリスの声だった。
剣に宿る声
「若き者よ……お前が、この剣を握るのか」
カズヤは息を呑む。
「……あんたは……誰だ?」
「我が名はセリス。かつて、この城を治めた騎士団の長……そして、仲間と共に魂を誓いに縛られた者だ」
声は剣の金属を伝い、耳ではなく心臓に直接響いてくる。
カズヤの視界には、断片的な記憶が流れ込んだ。
■■■剣の過去の記憶へ
気づけば彼は、血の匂いが充満する大広間に立っていた。
崩れた旗、割れた盾。
玉座の前には、十数名の騎士が跪いていた。
その中心に白銀の鎧を纏った男が立つ。
高潔な瞳を持ち、しかし深い哀しみを宿したその姿。
「……お前が、剣を握った若き者か」
「……あんたが……セリス……騎士団長?」
「そうだ。これは“記憶”だが夢術に乱されてはおらぬ。
お前は正しく、我が誓いに触れたのだ」
セリスは手にした剣をゆっくりと床に突き立てた。
その周囲で騎士たちが、傷だらけの体を震わせながら声を合わせる。
「裏切りの名を被りても、我らは護る」
「血に染まりても、忠義を貫く」
「いかなる呪いに縛られようとも、この城を、封印を……守り抜く」
カズヤは息を呑む。
「じゃあ……亡霊になってまで戦っているのは……」
「忠誠が我らを鎖とした。
それを奴――ヴァルドが利用している。
夢を喰らい、忠義を歪め……死してなお我らを操るのだ」
セリスの目が、真っ直ぐにカズヤを射抜いた。
「若き者よ……お前は剣を通じて、我らの誓いを知った。
ならば、
選べ。
この呪縛を断ち切り、我らを解き放つのか
それとも、己の血にその誓いを継ぐのか」
「……裏切り者、と呼ばれたのは真実ではない。
我らは王命を拒み、“夢術師ヴァルド”を封じるために、己らを縛ったのだ」
■■
「カズヤ!」
遠くから声が響いた。
アイゼンハワードの叫びだ。
カズヤの意識は急激に現実に引き戻される。
霧の回廊。亡霊たちが再び姿を現す中、
黒衣の男、ヴァルド・ノクスが静かに歩み出る。
アイゼンハワードの表情が険しくなる。
「……夢術師ヴァルド・ノクス。やはり奴の名が出るか」
「知っているのか?」
カズヤが問う。
「かつて魔界を混乱に陥れた呪術師だ。夢を操り、忠誠や愛を幻に変えて支配する。百年前、騎士団が命を賭して封じたのは……間違いなく奴だ」
そのとき、冷気が空気を裂いた。
回廊の奥、黒い霧が立ち込め、その中心から一人の影が歩み出る。
長い外套、仮面のように白い顔、血のような瞳。
「おや……騎士団長と語らっていたのか?よもや彼が、真実を語ったとでも?」
カズヤは剣を強く握りしめた。
「……ああ。あんたが奴らの忠誠を弄んでるってこともな」
ヴァルドの唇がゆがむ。
「忠誠心など、甘美な夢にすぎん。
人間はその夢にすがり、死してなお鎖に繋がれる。
私はただ、その“夢”を利用しているだけだ」
アイゼンハワードが剣を構え、低く言った。
「……お前の夢は、ここで終わる」
ヴァルドは笑い、指を鳴らす。
石壁が震え、亡霊の群れが霧の中から一斉に姿を現した。
カズヤの胸には、セリスの声がまだ残響していた。
「……お前が選んだ道で、我らを救え」
カズヤは息を呑み、剣を握りしめる。
「……俺が、この誓いを終わらせる」
彼の瞳に迷いはなかった。
その姿を、アイゼンハワードは横目で見て、微かに口角を上げた。
「よく言ったな、孫よ。……では、やるぞ」
そして、亡霊騎士たちの群れと、夢術師ヴァルドの影に向け、二人は歩みを進めた。




