第5話 亡霊の副団長 ―過去との対峙―
地下聖堂の奥。
封印の魔方陣が赤く灯った瞬間、空気が歪み、鎧の軋む音が虚空から響いてきた。
やがて現れたのは、漆黒の甲冑を纏う騎士。
胸には深々と槍が貫いた痕が残り、その隙間から青白い燐光が漏れ出ている。
その面頬の奥から聞こえた声は、低く、かすれ、しかし確かに聞き覚えのある響きだった。
「……久しいな、我が将軍……いや、今はただの老いた魔族か」
アイゼンハワードの眼が鋭く細まる。
「……グラウス」
カズヤは思わず息を呑んだ。亡霊はただの怪異ではなく、明確な“個”を持っていたのだ。
グラウスはゆっくりと剣を抜き、甲冑の刃鳴りが聖堂に木霊する。
「お前の命令で、我らは死んだ。
我らは最後まで抗ったが……城は陥ち、騎士団は散り、誓いは呪いへと変わった」
「……違う」
アイゼンハワードは静かに言葉を返す。
「私がお前を討ったのではない。お前は己の誓いのために死んだはずだ」
「言い訳か?」グラウスの声が低く唸る。
「俺は、あの日まだ……選べたはずだった。だが、お前の剣が、俺をその場に縛りつけた」
カズヤは二人のやり取りに言葉を失った。
この亡霊は、アイゼンハワードの部下であり、かつて共に戦った仲間だったのか?
そのとき、カズヤの腰の古剣が震えた。
セリス団長の声が、囁くように響く。
『……彼は副団長グラウス。
我らの誓いを最後まで支えた男。だが、裏切りと忠誠の狭間で……彼は死んだ。』
グラウスは剣を構え、アイゼンハワードを見据える。
「俺の魂は、誓いに縛られている。
だが……あの日の血はまだ乾いていない。将軍、俺はお前に問わねばならぬ」
「なぜ……俺を見捨てた?」
その問いは、鋼鉄よりも重く響いた。
アイゼンハワードは微動だにせず、ただその視線を受け止める。
沈黙が、長い歳月の重みを背負って二人の間に横たわった。
やがてアイゼンハワードは、低く息を吐いた。
「……見捨てたのではない。
お前が最後に掲げた盾は、私の剣よりも強かった。
だからこそ私は……振り返れなかったのだ」
グラウスの目の奥が、一瞬だけ揺らぐ。
だがすぐに怒りと悲哀がその揺らぎを覆い隠した。
「ならば。その答えが真実かどうか、剣で確かめよう!」
亡霊の刃が風を裂き、聖堂に戦慄が走る。
アイゼンハワードはマントを翻し、紅の瞳を細めた。
「……よかろう、グラウス。
ならば、死者の問いに、生きる者の剣で答えてやる」
カズヤはその場に立ち尽くした。
二人の戦いは、ただの刃の交錯ではない。
過去と現在、罪と忠誠その全てがぶつかり合う、哀しき対峙の幕開けだった。




