第3話 日記と剣の記憶 ―哀城の記録―
霧が立ち込める古城の奥深く、廊下の石壁は冷たく湿っていた。
カズヤの手には、先に出会った古剣が握られている。刃の奥から微かに、騎士団長セリスの声が届く。
『……触れよ。忘れぬために、我らの誓いを』
廃墟の書架に半ば埋もれた革表紙の日記を見つけ、カズヤは埃を払い、慎重にページをめくった。
文字はかすれ、しかし強い意思と哀しみを宿していた。
「今日、城を任されることになった。表面から見れば裏切り者だろう。
だが我ら騎士団の誓いは変わらぬ。城と村を守るため、血を流す覚悟である」
ページを進めると、城の悲劇が浮かび上がる。
「百年前、この城は誇り高き騎士団の拠点であった。
しかし陰謀により、外部の権力者に私が城主として据えられた。
裏切りに見えるかもしれぬが、真意は忠誠の証――騎士団と村を守る唯一の道である」
カズヤの指先が震える。剣に触れると、再び声が響いた。
『我らの誓いは死しても揺るがぬ。城を、村を、そして誓いを守ること――それが我らの使命』
さらにページをめくると、騎士たちが死後も城に留まる理由がほのめかされていた。
「盟友たちは私の行動を裏切りと呼んだ。だが彼らもまた、誓いを胸に戦った。
そして、我らが死してなお城に立つのは、未完の使命と封印の存在ゆえである。
城の地下には封印があり、外部の力が侵入すれば、村や世界に災いが及ぶ。
我らは生前その封印の番人としての誓いを負い、死してもその責を逃れられぬ」
城の霧が揺れ、石壁に映る影が微かに動く。
廊下の向こうから、かつての騎士たちの幻影が重なり合うように浮かんだ。
盾を掲げ、剣を握る手に血の温もりはもうない。だがその瞳には、忠誠と使命の光が宿っている。
カズヤは日記を胸に抱き、剣を握り直す。
「……亡霊たちは、復讐ではなく、誓いと封印を守るためにここにいるんだ」
剣の声が微かに応える。
『その通り。表面の裏切りは、魂の忠誠の証……城と村の守護者として、我らは今も歩む』
霧が二人を包み込む中、カズヤは理解する。
戦いではなく、哀しき使命と忠誠の重みが、城に宿る魂たちを縛りつけているのだ。
百年の悲劇と誓いが、静かに、しかし確実にカズヤの胸に刻まれた。
そして亡霊たちの気配は、守護者として、二人を見守るかのように立ち尽くしていた。




