第2話 魂縛の呪い
霧深い古城の奥、廃墟と化した廊下を二人の影が静かに進む。
湿った石壁にはかすかな光を帯びた紋様が浮かび、足音は吸い込まれるように消えた。
「……これは、やはり……」
アイゼンハワードは壁に触れ、眉をひそめる。
「魂縛……。かつて魔界で用いられた禁術だ。死者の魂をこの世に縛りつけ、命じられた行動を永遠に繰り返させる」
カズヤは息を呑んだ。
「じゃあ、騎士団の亡霊は……復讐のためじゃないってこと?」
アイゼンはうなずく。
「そうだ。奴らは守るために、命じられた誓いを果たすために蘇っている。怨念ではない」
廊下の奥、床一面に浮かぶ光の文様が微かに脈打つ。
「転移罠だ。軽率に踏めば、どこに飛ばされるか分からん」
アイゼンが警告すると、カズヤは慎重に一歩を進める。
文様に足を触れた瞬間、視界が歪み、二人は別の空間に立っていた。
広大な大広間――古びた鎧が静かに並ぶ。燭台は灯らず、空気は冷たく澱んでいる。
「……封印だな」
アイゼンの視線が魔方陣に向かう。
その輝きは、何かが閉じ込められていることを示していた。
廊下の片隅で、カズヤの目が血に染まった一本の古剣に留まる。
柄には擦り減った跡があり、刃には古い血がこびりついている。
手を伸ばすと、剣が震え、低く澄んだ声が響いた。
『……我が名はセリス。騎士団長にして、城と誓いを守る盾なり……』
カズヤは息を呑む。
「……声が、聞こえる……?」
剣は続ける。
『我らは裏切られたのではない。命じられたのだ――“封印を守れ。村を守れ”と。
そのためならば、死すら惜しまぬと誓った』
その瞬間、幻影が浮かび上がる。
城門に立つ騎士たち、血に濡れながらも盾を掲げ、村を守る姿。
誇り高き誓いと、村との密約が、過去と現在を結びつける。
「……だから、彼らは死んでも戦い続けているんだ」
カズヤは剣を握りしめる。
アイゼンは冷静に言った。
「人間の罪か……。だがそれを破ろうとする者が必ず現れる。奴らはそれを阻むために蘇ったのだろう」
剣の声が最後に告げる。
『……呪術師の血を継ぐ者が。封印を破り、世界を再び闇に沈めようとしている……』
霧が震え、大広間に亡霊の気配が満ちる。
二人は静かに、剣と共にその場に立った。
死者の誓いと、人間の罪、そして封印の重みに触れる、静かな前奏だった。




