第11話 絶体絶命の瞬間
ホール全体が低く唸るような振動に包まれた。
オメガ・スフィアの脈動が、まるで生きた心臓のように規則正しく、だが圧倒的な力で増幅されていく。
床に刻まれた古代文様が赤黒く光り、壁の紋章も静かに輝き出した。
その瞬間、空気が裂けるような音を伴い、拘束装置が一斉に展開した——
黒炎を纏った鎖が宙を舞い、タレットの腕が滑るように迫り、重力フィールドが周囲の空間を歪める。
「──っ!」
セリーヌの手が銃に伸びるが、衝撃とともに銃は床に叩き落とされた。
ジャスパーの端末は不可解な電流に包まれ、無慈悲にシャットダウン。画面は真っ黒になった。
アイゼンも逃れる間もなく、漆黒の鎖に絡め取られる。
三人は完全に拘束され、視界に映るのは、侵略者たちの冷たい笑みだけだった。
背後では、カイ・ラヴクラフトの声が静かに響く。
「君たちの戦いは、ここで終わる。」
ホール全体に、静かな絶望が広がった。
ジャスパーの端末が爆ぜ、セリーヌの銃が叩き落とされ、アイゼンの体には高圧電流が走る。
鋼鉄の檻が閉じ、三人は完全に捕縛された。
頭上のドローン群が赤いセンサーを光らせ、壁面のタレットは冷たい銃口を向けている。
カイ・ラヴクラフトが一歩前に出た。
「これで終わりだ。君たちがどれほど足掻こうと、時代の歯車は止められない。」
隣でアリシアが微笑む。
「MI6はいつもそう……正義だの忠誠だのに縛られて、自らの首を絞めるのよ。」
セリーヌは鉄格子に手をかけ、悔しげに叫んだ。
「アリシア! あなたはそれで満足なの? ただ勝者に取り入るだけの人生で!」
アリシアの瞳が一瞬揺らぐ。だがすぐに、氷のような笑みで覆い隠した。
「満足かどうかなんて関係ない。生き残った者だけが未来を手にするの。」
のときオメガスフィアが咆哮を上げた。
紫の閃光が空間を切り裂き、広間の床に古代文字が浮かび上がる。
轟音と共に、天井のスクリーンに地球外の光景が映し出された。
そこには異なる星。
無数の異星種族の艦隊が虚空に集結し、地球へと艦砲を向けていた。
オメガ・スフィアの起動は、侵略の号砲。
地球破滅へのカウントダウンは既に始まっていた。
ジャスパーの顔色が青ざめる。
「……あと300秒で、異星人たちとの門が完全に開く……!」
セリーヌが振り返る。
「アイゼン……どうするの!? このままじゃ……!」
アイゼンは静かに目を閉じた。
「……封じてきた。我が血に眠るものを。」
囁きのような声が、雷鳴を呼ぶ呪言へと変わる。
「目覚めよ、古き獣よ……闇よ、我が肉体を喰らい尽くせ。
王の血よ、魔獣の骨よ! 真の姿へと具現せよ……」
檻の中で、赤い瞳が灼熱の光を放つ。
「《魔獣ライカントロス》ッ!!」
ズギャァァァァン!!!
雷が落ちた。
漆黒の稲妻がアイゼンを貫き、鉄格子を粉砕。
その体が裂け、衣は破れ、骨格は異形へと変貌していく。
全長三メートルを超す黒き巨躯。
牙は雷を纏い、爪は鋼をも断ち切る。
毛皮は嵐のように逆立ち、咆哮は広間を震わせた。
「グォォォォォォッ!!!」
檻もドローンも、圧倒的な暴威の前に一瞬で消し飛んだ。
セリーヌが息を呑む。
「……これが……アイゼンの本当の姿……!」
ジャスパーが震える声で呟いた。
「人間じゃない……神殺しの魔獣……!」
アリシアの瞳が鋭く光り、不敵に笑う。
「ふふ……やっと本性を現したわね。」
だがカイ・ラヴクラフトは一歩も退かず、冷ややかに応じる。
「面白い。ならば証明してみろ……その獣の力で、秩序を打ち砕けるかどうか。」
次の瞬間、広間は戦場と化した。
ライカントロスの爪が一閃、ドローン部隊をまとめて切り裂く。
セリーヌは空中でスーツを展開し、レーザーを回避しながらグレネードを投げ込む。
ジャスパーは制御盤をハッキングし、変異兵の動きを止める。
三人の連携が、再び火を吹いた。
しかし――オメガ・スフィアはカウントを止めない。
紫の光が増大し、異界の門が口を開き始める。
その時、黒炎と雷鳴をまとったライカントロスが、真っ向からカイに迫った。
「ラヴクラフト……決着の時だ!」
カイは静かに両腕を広げ、背後に黒き渦を呼び寄せる。
「来い、アイゼンハワード。お前の獣と、我が《ネブラ》の力――どちらが未来を創るか。」
二人が激突した瞬間、広間は光と闇で裂けた。
雷鳴、爆炎、咆哮、銃声。
スパイ映画の緊張感と、アクション映画の破壊的迫力が入り混じる最終決戦。
その渦中で、アリシアはなおも微笑んでいた。
仲間を撃つのか、救うのか。
裏切り者か、最後の切り札か。
彼女の銃口は、まだ定まっていなかった。




