第10話 オメガ・スフィアへの接近
崩壊都市の中心、かつて金融街の地下に広がっていた防衛シェルター。
今やその奥に、「オメガ・スフィア」が封じられているとMI6の解析は示していた。
アイゼン、セリーヌ、ジャスパーは、ラストコアの残骸を越え、暗黒に沈む通路へと進む。
無数の赤いレーザーラインが空中を網目のように走り、侵入者を焼き尽くす死の回廊が現れる。
壁面には自動砲塔とドローンの巣。
それは単なる防衛システムではなく、かつて人間が設計したテクノロジーに「異界のアルゴリズム」が融合したものだった。
ジャスパーが端末を接続し、汗を垂らしながら歯を食いしばる。
「……セキュリティコードが、人間のものじゃない……異界の数式で組み替えられてる!」
彼は数秒で状況を把握し、無線越しに冷静に仲間へ指示を飛ばす。
「右側のタレット、3秒後にブラインドスポットを作る! アイゼン、今だ!」
漆黒のマントを翻し、アイゼンは影のように壁際をすり抜ける。
セリーヌはスーツを加速させ、レーザーの網を寸分違わず飛び越え、前転しながらグレネードを投げ込む。
爆発音と同時に、通路は一時的に沈黙。
ジャスパーは最後の解除キーを叩き込み、バリアを解放する。
「よし、通れる!」
冷汗を拭いながら彼が呟いた瞬間、奥から低い脈動が響く。
次の広間。
そこには既に《ネブラ》の首魁、カイ・ラヴクラフトと、その隣に立つアリシアがいた。
巨大なホールの中央には球体オメガ・スフィアが鎮座し、紫の光を放ちながら鼓動している。
アリシアの瞳が冷たく光る。
「やっぱり来たわね。MI6の亡霊たち。」
セリーヌは銃を構え、低く言い放つ。
「アリシア……あなたはいつまで裏切りを繰り返せば気が済むの!」
アリシアは唇の端を吊り上げる。
「裏切り? 違うわ。私は常に勝者の側にいただけ。正義や忠誠なんて、最初から幻想よ。」
カイが一歩前に出る。
その声は低く、しかし不気味なほど理性的だった。
「君たちMI6はまだ気づかないのか。世界は既に終わっている。旧秩序にしがみつくか、それとも新たな秩序に身を投じるか選べるのは今だけだ。」
アイゼンは目を細める。
「……その“秩序”とやらは、ただの支配だ。異界の力を玩具のように弄ぶなど、愚かしいにも程がある。」
アリシアが挑発的に笑う。
「愚かしいかどうかは、歴史が証明する。もっとも……あなたたちにその未来を見届ける時間は残されていないけど。」
心理戦の緊張は極限に達し、銃口と視線が交錯する。
そのときオメガ・スフィアが脈動を強めた。
空気が揺らぎ、床に刻まれた古代の文様が淡く輝く。
ジャスパーが慌てて端末を確認し、声を上げる。
「やばい……誰かが内部コードにアクセスしてる! 起動準備に入ってる!」
紫の閃光がホール全体を覆い、耳を裂くような金属音が鳴り響く。
スフィアの表面に走る光の亀裂は、まるで都市そのものの鼓動と同調しているかのようだった。
セリーヌが息を呑む。
「……もし起動したら、都市どころか世界そのものが――」
アイゼンはマントを翻し、仲間を庇うように立つ。
赤い瞳が鋭く光った。
「ここからが正念場だ。奴らを止めなければ……人間も、魔族も、未来はない。」
次の瞬間、スフィアから放たれた衝撃波がホール全体を揺るがす。
光と闇、忠誠と裏切り、秩序と混沌、すべてが交錯する最後の闘いの幕が、いま上がった。




