第9話 廃墟タワーでの総力戦
かつて摩天楼と呼ばれた塔は、いまや都市の亡骸の中心に、黒々と突き立っていた。外壁は剥がれ落ち、鉄骨は錆びて赤茶に歪み、上階は崩れ落ちて巨大な穴を穿っている。それでもなお、倒壊せずに空へ向かってそびえる姿は、まるで都市そのものの墓標のようだった。
塔を覆うコンクリートには、異界の光のような亀裂が走っている。
紫と蒼の閃光が、心臓の鼓動のように脈動しながら夜空を照らしていた。
そのたびに周囲の空気は軋み、耳をつんざく低音が響く。
まるで塔全体が異界の門そのものに変貌しつつあるかのようだった。
入口に立つセリーヌが、硬く唇を結ぶ。
「……ここにオメガスフィアがあるの?」
ジャスパーは汗ばんだ額を拭いながら、小型端末でスキャンを続ける。
「間違いない。信号はこの地下深くから出てる。だけど……まるで誰かに“呼び込まれてる”みたいな反応だ。」
瓦礫の風穴を覗き込んだアイゼンは、マントを翻しながら低く呟いた。
「塔が、まだ死んでいない……いや、異界の力に取り込まれて“生きている”のだろう。この下に潜れば、必ず奴らが待ち受けている。」
地鳴りが響き、塔の内部からは獣の咆哮が轟いた。
廃墟タワーはただの建築物ではなく異界の巣窟と化していた。
崩れ落ちた摩天楼の中心にそびえる、地下への裂け目。
その奥には、異界の装置「ラストコア」が脈動し、紫の光を天へ放っていた。
瓦礫の隙間から潜入したアイゼン、セリーヌ、ジャスパーは、音もなく闇へと降下する。
低い唸りが空気を震わせる。
ラストコアが異界エネルギーを暴走させ、都市の残骸から怪物を生み出していた。
金属と肉が融合した異形――四足で壁を這い、眼球のようなセンサーがこちらを追う。
セリーヌが息を呑む。
「……あれ、もう人間じゃない……!」
怪物たちが一斉に咆哮を上げ、群れを成して襲いかかる。
セリーヌがスーツを展開し、瓦礫を飛び越えながらマシンガンを連射。
火花と黒血が飛び散る中、ジャスパーが壁際で端末を操作する。
「……今だ、動きを止める!」
彼のハッキング信号が電磁波となって広がり、怪物の制御中枢に干渉。
群れの数体が硬直し、動きを封じられた。
しかし、ラストコアの暴走が止まらない。
巨大な変異体――瓦礫と鉄骨を鎧のように纏った巨獣が、咆哮とともに地面を叩き割り現れる。
アイゼンの赤い瞳が鋭く光る。
「……魔界の獣でも、ここまで醜悪ではなかった。」
マントを翻し、漆黒の炎を解き放つ。
黒炎が巨獣の装甲を焼き裂くが、それでもなお再生を繰り返す。
無線が鳴った。
「セリーヌ、奥に捕らわれた研究員がいる! 救出は君しかできない!」
迷うことなく彼女は単独で通路を駆け抜ける。
圧壊寸前の瓦礫の中を潜り抜け、手錠に繋がれた人影を発見。
「動かないで、今助ける!」
スーツの補助アームで拘束を引き裂き、研究員を背負うと、崩れる天井をギリギリで滑り出た。
背後で巨獣が暴れ狂い、アイゼンの黒炎とジャスパーの電磁波が交錯する。
まるで地獄絵図のような戦場の只中、彼らはどうにか持ちこたえていた。
救出した研究員を連れてタワーを進むチーム。
しかし、その通路の先で、待ち構える影がいた。
黒髪を揺らし、冷たい笑みを浮かべるアリシア。
「ようこそ、MI6の諸君。ここまで来れたのは褒めてあげる。」
次の瞬間、床が崩落。
鋼鉄の檻が落下し、チームを閉じ込めた。
頭上にはレーザータレット、側面の壁からは催眠ガス。
ジャスパーが端末を叩く。
「くそっ、外部制御が遮断されてる! 完全に計算され尽くした罠だ!」
アリシアの声が通信に割り込む。
「オメガ・スフィアは私と《ネブラ》のもの。あなたたちはここで、歴史のゴミとして処理されるのよ。」
セリーヌがガスを避けながら銃を撃つが、無数のドローンに阻まれる。
ジャスパーの顔から血の気が引く。
「……持たない! もう数分で、窒息する!」
沈黙の中、アイゼンがゆっくりと立ち上がる。
赤い瞳が燃え、マントが闇のように揺らめく。
「……制御しなければ、と言い聞かせてきた。だが今は……解き放つ時か。」
その体から、黒炎が渦巻く竜巻のように噴き上がる。
檻が溶け、レーザータレットが次々と焼き尽くされ、ガスを吐き出す装置も蒸発。
仲間を覆う黒炎は、まるで守るように道を拓いていく。
セリーヌが息を呑み、ジャスパーが呟いた。
「……これが、本当の魔族の力……!」
アリシアが遠くからその光景を見つめ、不敵に微笑む。
「やっと仮面を脱いだわね、アイゼンハワード。だから面白いのよ、あなたは。」




