第3話 寝返りの美女
序幕 ローマの夜
古代遺跡と近代都市が入り混じる街で、不穏な情報が流れ込んできた。
国際指名手配リスト。その最上位に「アリシア」の名が浮かぶ。
かつて複数の諜報機関を翻弄し、核兵器級の機密情報を盗み去った女。
MI6本部からの緊急通達が三人に届いた。
「アリシア・ヴァレンタイン。対象はオメガ・スフィアとの関連が疑われる。
捕獲、もしくは排除を許可する。」
夜の石畳の広場。
アイゼンハワードが赤い瞳で周囲を探ると、群衆の中でひときわ異彩を放つ女性の姿を見つけた。
長い黒髪、冷ややかに光る瞳、そして人混みを抜ける優雅な足取り。
アリシアだった。
彼女はまるで舞台女優のように微笑み、わざと三人に視線を向けてきた。
その瞬間、群衆が不自然にざわめき、無数のバイクと黒塗りSUVが広場に雪崩れ込む。
「くそっ、待ち伏せか!」
ジャスパーがバッグから奇妙な装置を取り出し、即席の電磁波ジャマーを展開する。
だがアリシアは煙のように群衆に紛れ、次の瞬間には黒い車両の後部座席に消えていた。
セリーヌが戦闘スーツのゴーグルを下ろし、操縦席に飛び込む。
「アイゼン、ジャスパー! 掴まって!」
MI6特務課が極秘開発したコンバットカーが咆哮し、タイヤが石畳を焦がす。
車体が変形し、車輪の一部がマグレブ式のホバリングモードに切り替わる。
紫の夜景を切り裂き、セリーヌは猛スピードで逃走車両を追跡した。
敵車両の後部座席、アリシアが窓越しにちらりと振り返る。
その笑みは挑発的で、まるで「捕まえてごらんなさい」と語っていた。
ジャスパーの発明品「吸引式人間キャッチャー」が放たれ、敵車両を絡め取ろうとする。だがアリシアはわずかなタイミングで運転手に指示を飛ばし、急旋回によって装置を振り切った。
ようやく逃走車両を囲み込んだ瞬間、アリシアは後部座席から立ち上がり、銃を構える。
その瞳には冷たい光。
セリーヌが息を呑む。
「……本当に私たちの敵、なの?」
アリシアは応える代わりに、夜風に髪を靡かせながら囁いた。
「敵でも味方でもないわ。私は“終末”の側に立つ者よ。」
直後、閃光弾が炸裂。
広場全体が真白に覆われ、彼女の姿は霧散する。
残されたのは破壊された車両と、謎めいたカード
そこにはオメガ・スフィアと酷似した紫の紋様が刻まれていた。
セリーヌは拳を握りしめる。
「彼女と手を組むなんて……ありえない!」
ジャスパーは顎に指を当て、にやけ顔を崩さない。
「だがな、アリシアはスフィアの正体に一番近い。利用できるなら利用すべきだろ?」
アイゼンハワードはマントを翻し、夜空を見上げる。
「……裏切りの匂いしかしない。だが、あの女は“終焉の鍵”だ。次に出会った時、答えを引きずり出す。」
ローマの闇の中、アリシアは別の高台から三人を見下ろしていた。
その手には、紫黒に脈打つ小さな結晶。オメガ・スフィアの欠片。
彼女の唇が冷たい笑みを描く。
「終焉は、必ず訪れるわ。
……でもその瞬間まで、少し遊んであげる。」




