第2話 オメガ・スフィアの影
ロンドン、テムズ川沿い MI6本部
ガラス張りの建物は朝の霧に包まれ、外見だけは静謐な官庁のように見えた。
だが内部では、世界の存亡を左右する議題がひっそりと進行していた。
円形のブリーフィングルーム。
中央のホログラム投影機には、荒廃都市の衛星映像と、異界の裂け目が立体映像として浮かび上がる。
その中心に脈動する紫の球体
オメガ・スフィア。
ざわめく声が飛び交う。
「核反応に類似したエネルギーパターンだが……人類の兵器体系では説明不能だ。」
「観測データを共有しただけで三つの研究班が精神錯乱を起こしたぞ。あれは情報そのものが毒だ。」
特務課の席には長机の一角に三人が並んでいた。
ジャスパーは工具バッグを椅子の横に置き、足を組みながらスクリーンをにやにや眺めている。セリーヌは姿勢を正し、緑の瞳でデータを食い入るように追いかけている。その隣、ワインレッドのマントを肩にかけたアイゼンハワードは腕を組み、沈黙を守っていた。
ブリーフィングの責任者が彼に視線を投げる。
「ベルデ・シュトラウス諸君……君は魔界の伝承にも通じていると聞いている。オメガ・スフィア、これは本当に“終焉の種”なのか?」
赤い瞳がホログラムを射抜いた。
「……伝承では、スフィアは星を“選別”すると言われている。
存続する価値があるかどうかを測り、なければ消去する。
つまり我々は、試されている。」
沈黙が支配する。
その言葉を軽々しく否定できる空気ではなかった。
ジャスパーがタブレットを操作し、不鮮明な映像を拡大する。
そこには裂け目の前に立つ女性の輪郭がかすかに映っていた。
「……これが問題だ。」
セリーヌが目を見開く。
「女……宇宙人? まさか異界の住人?」
「いや……」
アイゼンハワードは目を細める。
「人間の“形”を保っている。だが視線は……異界の主と同じものを宿していた。」
指先が無意識にポケットの保湿クリームを弄る。
それはただの癖。だが彼の心中に走る冷たい予感を隠すことはできなかった。
女性はアリシア。
彼女は幻のように現れ、オメガ・スフィアの前で微笑んで消えた。
敵か、駒か、それとも……終焉の鍵か。
上層部の声が冷たく響く。
「目標は二つ。オメガ・スフィアの解析、そして女の身元の特定だ。
MI6対異能特務課、君たちに正式に任務を与える。」
セリーヌが背筋を正す。
「了解。」
ジャスパーはにやりと笑い、工具バッグを叩く。
「俺の発明で女の正体を丸裸にしてやるさ。」
アイゼンハワードは赤い瞳を伏せ、ゆっくりと立ち上がる。
「……また厄介な舞台に呼ばれたものだ。
だが、終焉の影を前に座して死ぬ趣味はない。」
マントが翻り、会議室の空気を切り裂いた。
テムズ川を見下ろす窓の外、夜空に紫の揺らめきがかすかに映る。
世界の終焉は、静かに忍び寄っていた。
MI6対異能特務課 機密文書
【極秘任務命令書】
文書番号:BR-Ω/13-01
分類:最高機密/目標殲滅指令
発行元:英国秘密情報部(SIS)本部
発行日:XXXX年XX月XX日
【任務目的】
本機密任務は、地球圏に出現した終焉級異界存在 《オメガ・スフィア》 の即時無力化・破壊を目的とする。本存在は異常なエネルギー波動を放出し、既知の科学・魔術体系を超越する。放置した場合、人類文明は72時間以内に壊滅的消去を受ける可能性がある。
【観測結果概要】
対象は紫黒色の球体構造を持つ。直径:約1.8m。
表層に不規則な幾何学紋様が出現・消失を繰り返す。
脈動周期は約66秒。周期ごとに周辺空間の時間的歪曲を引き起こす。
接触した対象は存在痕跡ごと消失(物質・記録・記憶を含む)。
破壊条件(推奨案)
異界由来の力を持つ個体による直接干渉。
超高出力次元干渉兵器(コードネーム《プロメテウス・アーク》)の同時照射。
魔族サターン系統特有の波長との共鳴を利用し、対象の“審判プロトコル”を撹乱する。
作戦部隊編成
指揮官:アイゼンハワード・ベルデ・シュトラウス(対異能特務課所属)
技術支援:ジャスパー・クロウリー(特殊兵装開発)
現地工作員:セリーヌ・ハートマン(MI6若手エージェント)
※補足:裂け目付近に観測される謎の女性(コードネーム《アリシア》)は対象の制御因子と推定。捕獲または排除を許可する。
【任務遂行命令】
「MI6は人類存続のために、いかなる犠牲をも厭わない。オメガ・スフィアの破壊を最優先せよ。成功すれば世界は延命する。失敗すれば歴史そのものが消滅する。」




