【最終話】 列車の霧が薄れた終点駅
突然、ハセガワは身を翻し、抱えた禁忌品を胸に飛び上がる。
「まだ終わりじゃない!」
その声と共に、彼は車両の通路を駆け抜け、霧の中へ姿を消そうとする。
乗客たちは咄嗟に反応する。サエキは静かに飛び退き、タカハシは思わず声を上げ、マツイは観察眼を光らせる。 だが、アイゼンは一歩も動じない。魔族ならではの冷静さで、霧と魔力の揺らぎを読み切っていた。
「そこで止まれ!」
アイゼンの声と同時に、数瞬で列車の通路を飛び越え、ハセガワの進路を塞ぐ。 ハセガワは驚きの表情を浮かべ、禁忌品を抱えたままバランスを崩す。
アイゼンは華麗に間合いを詰め、片手で禁忌品を押さえつけると、もう片方の手でハセガワの腕を確実に捕まえた。
「逃げる場所はもうない」
「……さすがです、アイゼンさん」
タカダはベテランの落ち着きで冷静に周囲を観察し、ササキは胸を撫で下ろす。 マツイは微笑を浮かべながら、静かに書き留める。
「すべてが繋がった……」
カズヤは短くまとめる。
「凶器の粉砕、血文字の偽装、魔界結界の時間の歪み、オチアイの忠誠……すべてがこの瞬間のためにあった」
ハセガワは抵抗するも、アイゼンの 確実な動きの前に抗うことはできず、やがて肩を落とす。 列車の霧が薄れ、窓の外に静かな夜景が広がる。
終点駅のプラットフォームには、緊張と安堵が入り混じった空気が漂う。
「これで、すべて終わりだ」
アイゼンが低く呟き、カズヤと視線を交わ
す。
終点駅のプラットフォームに降り立った乗客たちは、安堵と疲労、そして微かな喪失感が入り混じった表情をしていた。
ハセガワは手錠をかけられ、禁忌品を押さえられたまま警備員に引き渡される。その背中には、かつての陽気さの影もなく、ただ沈黙と後悔が漂う。
カズヤはふと、オチアイの姿を思い浮かべる。彼の死によって、この列車内での事件はより深い意味を持つことになった。
「あなたの死は、無駄にはしない…」
カズヤの声は小さく、しかし決意を帯びていた。
アイゼンはハセガワの手を押さえたまま、周囲を見渡す。
「皆、よく耐えた。だが、魔界結界の影はまだ完全に消えたわけではない」
その言葉に、乗客たちは自然と互いの顔を見合う。フジワラは警戒を緩めず、サエキは静かに歩み寄るが、表情に微かな緊張を残す。
すぐに列車内での事件は報道機関によって取り上げられた。
「魔導鉄道で不可解な殺人事件!乗客の協力により犯人逮捕!」
ニュースキャスターの声がプラットフォームに響く中、乗客たちは微妙な表情で報道を聞いていた。
タカハシは思わず、「まさか禁忌品まで絡んでいたとは…」と小声で呟き、サエキは冷静にニュースを受け流す。
マツイはペンを走らせ、事件の全貌を自分なりに整理していた。
アイゼンはふと、プラットフォームの暗がりに目を向ける。
「しかし、魔界結界の奥に残された禁忌品、そしてあの霧の向こうに潜む“気配”……完全に終わったわけではない。我々が片付けたのは、この事件の一部に過ぎない」
カズヤは小さく息をつき、拳を握る。
「つまり、次がある、ということだな」
アイゼンは微かに笑みを浮かべる。
「次の事件も、また霧の中で我々を待っているだろう……だが、心配はいらない。我々は準備はできている」
列車の霧がゆっくりと薄れ、遠くに終点駅の灯りが揺れる。
その光の向こうに、まだ見ぬ冒険と新たな謎が静かに息づいている。
カズヤとアイゼンは互いに視線を交わし、次なる事件の決意を胸に、列車を降りる。
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:魔導列車殺人事件 〜列車内で消えた凶器〜』
ー完ー




