第7話 貨物車両の秘密
夜の魔導鉄道《レム=エクスプレス》は、不気味なまでに静まり返っていた。
だがその沈黙の奥には、密やかな囁きと、互いに疑念を向ける視線が渦巻いている。
貨物車両の扉の前に立つカズヤとアイゼン。
扉の鍵穴は壊され、わずかに金属片が床に散っていた。
侵入の痕跡は明らかだった。
複雑に絡む人間模様
調査を続ける中で、乗客たちの証言がさらに矛盾を孕んでいることが浮かび上がった。
「貨物車両に誰が近づいたのか……私の知る限り、そんな者はいません」
オノデラは冷ややかに言い切った。だが、その視線は一瞬だけワタナベをかすめた。
「いや、僕は見たんだ。夜中に影のように誰かが歩いていた。たしか……帽子を深くかぶっていたはずだ」
タカハシが落ち着きなく語る。だが彼の証言は抽象的で、実態を掴ませない。
サエキ(寡黙な旅客)は沈黙を守り、窓の外の闇をじっと見つめていた。
その姿に、カズヤは微かな違和感を覚える。まるで彼女は何かを隠すために、自ら存在感を消しているかのようだった。
アイゼンがゆっくりと立ち上がり、乗客たちを順に見渡した。
その赤い瞳は、影の奥底まで抉るように光る。
「嘘は、言葉よりも沈黙の中に潜む」
静かな声で放たれた言葉に、乗客たちは思わず身じろぎした。
「君たちの誰もが、表向きには事件に関わっていないと言う。だが――その中で『誰かを庇っている者』と『自分を隠している者』がいる」
オチアイ(コック)
が一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに柔らかな笑みに戻した。
その小さな揺らぎを、アイゼンの眼差しは見逃さない。
カズヤは、散らばった証言と現場の痕跡をノートに書き込み、繋ぎ合わせていく。
「貨物車両の扉は壊されていた。けど……開け閉めの痕跡が微妙に不自然だ」
彼は指で鍵穴の周囲をなぞり、金属の削れ具合を確かめる。
「最初に壊されたあと、一度だけ“誰かが内部から丁寧に閉め直した”……そんな痕跡が残ってる」
つまり、侵入者は外から入っただけでなく、中で何かを済ませたあと“証拠を隠すために整えた”のだ。
その冷静な手際が、余計に不気味さを漂わせた。
貨物車両の奥から漂うのは、香辛料と油の匂い……しかし、それに混じっていた。
焦げた鉄と、魔力が溶け出したような刺す臭気。
「禁忌の魔道具……ここに隠されている」
アイゼンは低く呟き、扉に手を当てた。
「だが、この臭気は……すでに一度、誰かが触れた痕跡だ」
カズヤは思わず唾を飲み込む。
「犯人は、凶器を隠すだけじゃなく……この魔道具も狙ってる?」
謎は深まる
その時、ワタナベ(財団)が声を荒げた。
「そんな馬鹿な! この列車に積まれる貨物は厳重に管理されている。財団の承認なしに触れることはできん!」
だがその目はどこか泳いでおり、彼自身もまた貨物の中身を把握しているのではと疑わせる。
サエキが小さく囁いた。
「……誰もが関係ないと言い張る。けれど、真相の鍵は全員が少しずつ握っている」
その言葉に、アイゼンの瞳が鋭さを増す。
そしてカズヤは、ノートに太い線を引いた。
「……わかってきた。犯人は“時間のずれ”を利用して動いている」
凶器の消失、証言の矛盾、貨物車両の侵入痕跡。
すべてを繋ぐのは、この《レム=エクスプレス》が通過した“魔界結界”の影響だった。
貨物車両の奥に続く闇を前に、カズヤとアイゼンは視線を交わした。
その向こうには禁忌の魔道具、そして真相へ通じる秘密がある。
だが同時に、そこには新たな死が潜んでいるかもしれなかった。




