第6話 消えない違和感
列車が夜の霧を切るように進む中、魔導鉄道《レム=エクスプレス》の食堂車は微妙な緊張に包まれていた。
窓の外には、霧の中で揺らめく影が浮かび上がる。
「……誰かが、列車内で何かを仕掛けたはずだ」
アイゼンハワードが赤い瞳で車内を見回し、低く呟く。
「でも……現場や持ち物を調べても、凶器は見つからない」
カズヤは手元のメモを見返す。証言と行動は矛盾するが、手がかりは霧の中に隠されたままだ。
食堂車の棚の隅で、わずかに変色した骨粉が見つかった。
さらに、棚の奥から微かに赤茶色に染まった布切れや、古びた錠前の破片も現れた。
ウェイターのササキが手袋越しに触れ、ぎこちなく呟く。
「……骨粉に布切れに……錠前? 一体、何が起きたんだ……」
アイゼンは骨粉を手に取り、じっと見つめる。
「……粉だけでは凶器を特定できぬ。布切れや錠前も、偶然ではない……誰かの意図が感じられる」
カズヤは眉をひそめる。
「つまり、現場には複数の手がかりがあるが、どれも直接的な証拠にはならない、と」
オチアイ(コック)が皿を片付けながら、微かに顔を曇らせる。
カズヤの視線が止まった。
「……オチアイさん、何か知ってるのか?」
オチアイは軽く笑い、肩をすくめる。
「いや……私にはわかりません。ただ、気になるだけです」
その表情の端に、何かを隠しているような微かな影が見えた。
乗客たちの疑念は漂うが、真意はまだ掴めない。
カズヤはふと思い出す。冒険家のハセガワが、魔界結界を抜けた直後に貨物車両の地図や小道具を確認していたことを。
笑顔の裏で、禁忌の魔道具に関する秘密を探っていたのではないかと。
アイゼンもその可能性に気づく。
「列車に積まれた禁忌の品……誰かがそれを狙って動いたと考えるのが自然だ」
さらに、オチアイがなぜ微妙に挙動を曇らせた。
窓外の霧は濃く揺らめき、幻想的な影を映す。
棚に見つかった骨粉や布切れ、錠前の破片は、凶器かもしれず、また別の罠の兆しかもしれない。
列車の進行とともに、謎はますます深まる。
微妙な違和感は、真相を隠す霧のように二人を包み込んでいた。
その夜遅く、カズヤとアイゼンは食堂車から貨物車両へ続く廊下を歩いた。
錠前の破片と似た形状の壊れた鍵穴の痕跡が、貨物車両の扉に残っていた。
「……誰かが侵入した跡だな」
カズヤが低く言う。
さらに不可解なことに、扉付近の時計は人間界よりも遅れている。
アイゼンはその針を見つめ、唇を噛む。
「……魔界結界を通過した時の、時刻の揺らぎか。だが……誰かがそれを利用している」
骨粉、布切れ、錠前。
侵入の痕跡と時刻の乱れ。
いくつもの違和感が積み重なり、霧の中の謎はますます深まっていった。




