第5話 疑惑の乗客たち
食堂車に集められた乗客たち。
テーブルランプの光が、緊張に染まる顔を淡く照らしている。
カズヤは深呼吸をひとつし、鋭い声で口を開いた。
「……それでは。みなさん、“あの時間”どこで何をしていたのか、順番に聞かせてもらえますか」
視線が交差し、沈黙ののち、ひとりが口を開いた。
タカハシ(研究者)の証言
「え、えっと……僕は廊下にいました。列車の構造を調べようと思って」
研究者タカハシは汗を拭いながら答える。
「時計は……二十二時、少し前かな。覚えてますよ」
だが、ウェイトレスのタカダがすかさず首を傾げる。
「その頃、あなたはラウンジで私に声をかけてきませんでしたか?」
タカハシの顔色が変わる。
「そ、それは……えっと……時間を取り違えたのかも!」
言葉の軽さが、むしろ嘘を強める。
サエキ(寡黙な旅客)の証言
「……私は自室にいました」
サエキの声は淡々としている。
「幻覚に酔って、外を見ていたんです。誰も来ませんでした」
カズヤが問いかける。
「では、物音や足音などは?」
サエキは小さく首を振った。
「覚えていません。気配を感じたような気もしますが、それが幻か現実か……」
彼女の言葉は曖昧で、真実を探ろうとする者を遠ざける。
ハセガワ(冒険家)の証言
「ははっ、俺は寝台で地図を広げてましたよ!」
冒険家ハセガワは明るく笑う。
「この路線の魔界領域は特殊でね、通過記録を残しておきたくて。時計も確認しました、間違いない!」
しかし、その口調の快活さとは裏腹に、カズヤは違和感を覚える。
「……あなた、誰かと話していませんでしたか?」
一瞬、ハセガワの瞳が揺れた。
「いいえ。一人でしたとも」
その言葉は、妙に強調された響きを帯びていた。
オノデラ(魔界知識研究者)の証言
「私は資料を読んでいました」
魔界研究者オノデラは冷静に言う。
「時計も確認しましたが……秒針の動きに揺らぎがありました。正確な時間は保証できません」
彼女の言葉は、事実を報告するだけで感情を欠いていた。
それゆえに、嘘をついていない印象を与える。
マツイ(芸術家)の証言
「私はスケッチをしていたわ。……ただ、線が何度も重なってしまって、時間が狂ったみたい」
芸術家マツイは苦笑を浮かべる。
「たしかに二十二時ごろだったと思う。でも、幻覚のせいで……私の証言はあまり役に立たないかもしれないわね」
その観察眼が逆に「他人をよく見ていたはず」とカズヤに疑念を抱かせる。
ワタナベ(財団)の証言
「私は投資資料を整理していた。個室でね」
財団関係者ワタナベは無表情に答えた。
「正直、こんな騒動に巻き込まれるとは思わなかったよ」
カズヤは鋭く切り込む。
「……個室に戻る前に、廊下で誰かと話していましたね?」
ワタナベの瞳が細められる。
「それは……単なる挨拶です。事件とは関係ない」
言葉を選ぶ間合いが妙に長い。
イトウ(元軍人)の証言
「……何も見ていない」
元軍人イトウは短く答えた。
「廊下に立っていたが、記憶が曖昧だ。幻覚のせいだろう」
冷徹な視線が、逆に誠実さを滲ませる。
証言が出揃うと、アイゼンは椅子に深く腰を下ろし、カズヤに囁いた。
「どうだ、カズヤ。誰が嘘を吐いている?」
カズヤは手元のメモを見つめる。
「みんなの証言は少しずつ違う。でも……矛盾が集中している時間帯があるんです」
「時計の針が……戻った時刻だな」
アイゼンが頷く。
カズヤは唇を噛んだ。
「つまり犯人は、この“時間の揺らぎ”を利用して行動した。証言のズレを、自然な現象に見せかけるために」
その瞬間、食堂車に沈黙が落ちる。
乗客たちは互いを見回し、冷たい疑心を募らせていく。




