第3話 不自然な証言
「では、皆さんの話を伺いましょうか」
アイゼンハワードの赤い瞳が、個室に並んだ乗客たちを順に見渡した。
吊りランプの灯りが淡く揺れ、重苦しい沈黙が漂う。
カズヤはペンを持ち、ノートを広げる。
「富豪令嬢フジワラ美咲が殺されたとき。魔界の国境の結界通過中だったあの時間帯、皆さんはどこにいたんです?」
マツイ(芸術家)
「私は食堂車にいました。霧に包まれる窓の景色を描いていて……」
そう言って胸を張るが、カズヤの目は鋭かった。
「ですが、スケッチブックは今ここに持ってきてませんね」
「えっ……? 部屋に置いてきただけです!」
視線が泳いだ。
“観察眼が鋭い”はずの芸術家が、なぜか説明に詰まっている。
ハセガワ(冒険家)
「俺はデッキに出てたよ! 結界の霧の中で風を浴びるなんて、なかなかできねぇだろ?」
「証人は?」カズヤが尋ねる。
「……残念ながら俺だけだ」
アイゼンが口角を吊り上げた。
「ほう。魔界結界通過中に外に出るとは……よほど命知らずか、あるいは――」
ハセガワは笑ってごまかしたが、額にうっすら汗が滲んでいた。
オチアイ(コック)
「ぼ、僕は……厨房にいました。ええ、キタムラ車掌さんと一緒に」
アイゼンが目を細める。
「……キタムラ。あなたも厨房に?」
キタムラ(車掌)
車掌は姿勢を正したが、その声はどこか震えていた。
「え、ええ……確かに厨房に……ほんの少し、顔を出した程度ですが……」
「つまり、オチアイと一緒にいた?」カズヤが食い下がる。
「……はい」
しかし、その瞬間、タカハシ研究者が口を挟んだ。
「いやいや、私は見たぞ? キタムラさん、あの時は廊下を歩いていたはずだ」
「な……?」
キタムラの顔色が変わる。
「研究者タカハシの証言」と「オチアイ&キタムラの証言」が矛盾を見せた。
タカハシ(研究者)
「私はね、結界の効果を観察していたんだ。人間界と魔界の境目で、認識に乱れが生じるはずだから……」
早口でまくしたてるが、どこか得意げで、余計なことまで話そうとする。
「たとえば、あの冒険家の行動も本当に正しかったかどうか、保証はない!」
彼の発言は、場の不信感をさらに煽った。
サエキ(若手ウェイター)
「……私は、廊下の窓辺にいました」
それだけを言い、静かに口を閉ざす。
誰も彼女に突っ込めない。淡い存在感が、逆に不気味だった。
オノデラ(研究者)
「私は読書をしていました。魔界言語の古文書を。……目撃者はいませんが、これは事実です」
感情の揺れはなく、逆に冷たすぎる証言に、場が凍る。
ワタナベ(財団関係者)
「私は談話室で。……情報収集をしていた。
もっとも、あなた方にそれを証明する気はないが」
計算高い笑みを浮かべ、逆に挑発的だ。
イトウ(元軍人)
「……個室にいた」
それだけ言って口を閉ざした。
鋭い目つきに、誰も追及できなかった。
タカダ(ベテランウェイトレス)
ベテランのタカダは落ち着き払って言う。
「私はずっとサロンに。……紅茶を運んでいたのを見た人もいるはず」
若いササキは緊張で声を震わせた。
「ぼ、僕は……ワゴンで……飲み物を……」
その証言は曖昧で、誰も信じきれない。
■■
アイゼンは一息つき、カズヤのノートを覗き込んだ。
「ふむ。全員、証言に揺らぎがあるな。特に……」
沈黙。
アイゼンがまとめに入る。
「今の証言で明らかなのは三つ。
一、魔界の結界通過で時刻の認知が乱れている。ゆえに“○時○分にどこ”という主張は信用度が落ちる。
二、キタムラの“厨房立ち寄り”は事実だが、犯行直前とは限らない――記憶の曖昧さがある。
三、オチアイの『ずっと一緒にいた』は過剰。彼一人が“断言”でアリバイを固定しに来ている」
カズヤが低く言葉を継ぐ。
「“嘘”と“記憶違い”は違う。嘘には目的がある。
ここで目的が見えるのは、自分の滞在を“長く見せたい”人間だ」
ランプの炎がぱち、と音を立てる。
オチアイの表情に、一瞬だけ影。
キタムラは眉間に皺を寄せて、慎重に言葉を選ぶ。
「……私が覚えているのは、“見回りの途中で厨房をのぞいた”という事実だけです。オチアイ君、私が“ずっといた”はずはない。君がそう“感じた”のなら、君の時計のほうが狂っていたのかもしれない」
アイゼンが結論を留める。
「よろしい。嘘を断定するのではなく、時刻の揺らぎを“補正”していこう。
次は物的証拠だ。見つかりやす過ぎる場所に、誰かが“置いた”痕跡があるはずだ」
列車は霧を巻き上げ、深い夜を走る。
“嘘”はまだ姿を隠したままだが、嘘と記憶違いの境界線が、今、くっきりと描かれ始めている。




