第2話 消えた凶器
魔導鉄道《レム=エクスプレス》は、霧を切り裂くように魔界の結界を走っていた。窓の外は虚ろに歪み、時の感覚すら狂う不吉な夜。
そのとき、突き刺さるような悲鳴が車内を震わせた。
「ひぃっ! だ、誰かっ! こ、ここに!」
芸術家チナツ・マツイが、蒼白な顔で個室の扉を押し開ける。
駆けつけた人々が目にしたのは、ドレス姿の富豪令嬢フジワラの無惨な姿だった。
絢爛なドレスは血に染まり、胸元には鋭い刃物の傷。
彼女は息絶え、床に横たわっていた。
「……死んでいる」
アイゼンが片膝をつき、赤い瞳で傷口を確かめる。
「一撃で急所を貫かれている。だが……どこにも凶器がない」
「刺した武器が……見つからない?」
カズヤは顔をしかめ、周囲を見回す。
「刺したはずのナイフも、剣も、何も残ってない……」
車掌キタムラは狼狽しながらも、声を張り上げた。
「ただちに全員の持ち物を検査します! 協力をお願いします!」
数十分後。
乗客の鞄、荷物、身に着けた衣類まで、細かく調べ上げられた。
トランクを開ければ衣服や本、土産物が出てくる。
楽器職人のルカのケースからはバイオリン。
冒険家ラウルのリュックからはロープと食糧。
しかし凶器はどこにもなかった。
「……見つからない」
キタムラが額の汗を拭う。
「これだけ徹底的に調べて、どこにも凶器がないなんて……」
「つまり……犯人は、この列車のどこかに隠したってことか」
カズヤが低く言う。
「でも、こんな短時間で、どこに?」
「いや」
アイゼンは赤い瞳を細める。
「“隠した”のではなく、“消えた”と考えるべきだ」
「消えた……?」
「ちょうどこの時刻、列車は魔界結界を通過していた」
アイゼンは窓の外に揺れる霧を見やる。
「人間の論理で説明できない現象も起こり得る。だが同時に――」
彼は静かに息を吐いた。
「“不可能”に見せかけるのは、人間の得意技だ」
車内に沈黙が落ちた。
死体は目の前にある。だが凶器は存在しない。
そして、乗客全員が容疑者――。
「誰がやったのか……」
「いや、そんな……私じゃない!」
「じゃあ一体、どうやって武器を消したんだ?」
互いに疑心暗鬼となり、視線が交錯する。
列車は霧の中を走り続け、鉄の車輪の響きだけが不気味に響いていた。




