プロローグ 魔導列車の開通式
ロンドンの霧が静かにビルの谷間を満たし、朝の光が淡く反射する。
手元に届いた一通の招待状。それは、かつて孫として巻き込んだあの少年カズヤを、今では立派な大人として呼び寄せるものだった。
「……ふむ、魔導鉄道《レム=エクスプレス》の開通式か」
赤い瞳を細め、ワインレッドのマントを整えるアイゼンハワードは、471年の魔族の人生で幾度もこうした式典に立ち会ったが、今回の招待には心底期待している様子だった。
「アルおじさんこれ、本当に夢の列車だって聞いたよ。魔界と人間界を一度に結ぶんだろ?」
35歳になったカズヤは、昔の少年の面影を残しながらも、大人の冷静さと理知で言葉を紡ぐ。
「そうだ。単なる鉄道じゃない。科学と魔法が融合した人々の未来を変える橋渡しだ」
アイゼンは微笑む。その瞳の奥には、期待と少しのワクワクが揺れていた。
列車の絢爛たる車体は、霧に浮かぶ金色のレールに映え、太陽の光を受けて虹色に輝いていた。蒸気の匂いとともに魔力の香りが漂い、乗る者の心を奪う。
「想像してみろ、カズヤ。これからこの列車は、人間界の都市も、魔界の領域も、隔てなくつなぐんだ。旅する者の未来は、きっと、今より少し明るくなる」
「……未来か。面白い言い方だね」
カズヤは笑みを浮かべ、列車の先頭を見据える。霧の中に光が差し込み、列車はまるで神秘の光の帯の上を走るように見えた。
会場には貴族や技術者、魔界と人間界の代表者たちが集まっていた。天井から浮かぶ光のランプ、空中に舞う小さな魔法の蝶、そして祝祭を告げる柔らかな音楽。すべてが新しい時代の幕開けを告げる。
「アルおじ……。この列車……本当に安全なのかな。なんだか、妙に……静かすぎる」
カズヤは大人になった今も、幼い頃からの直感を忘れていなかった。列車の先端からは、霧の中にかすかな光がちらつき、線路の向こうで微かに、けれど確かに何かが揺れているように見える。
「気にするな、カズヤ。だが……確かに、何かが待っている気配はするな」
アイゼンは微笑みながらも、その手は微かに魔力を帯び、赤い瞳は霧の奥を見透かすように光った。
列車の車体は漆黒に近い金属で覆われ、霧に溶け込むように走る。
蒸気の匂いと魔力の香りが混ざり合い、乗る者の心を知らず知らず揺さぶる。
祝祭の音楽も、舞い上がる魔法の光も、どこか影を含んでいるように感じられた。
「さあ、カズヤ。私たちも歴史の目撃者となろう。だが……油断は禁物だ」
「……油断ね」
カズヤは静かに列車の階段を踏み、霧に包まれた《レム=エクスプレス》の中へ足を踏み入れる。
その瞬間、霧の中から微かに、鋭い金属音と、誰もいないはずの車両から漂う冷たい気配がした。
列車は静かに、しかし確かに動き出す。新しい未来と、まだ見ぬ闇を乗せて。




