【最終話】 影の諜報員
《アレクシス》の心臓部が爆裂し、巨兵が絶叫を上げながら崩れ落ちる。
要塞全体が炎に包まれ、砂嵐の中へ沈んでいった。
焦げた鉄骨と砂塵の中
リディアは血に濡れたまま、アイゼンの胸元に横たわっていた。
「私は……おっさんを……信じたわ」
かすれた声。
瞳はかろうじて開いているが、その光は今にも消えそうだ。
「喋るな! 今助ける!」
アイゼンは叫び、彼女を強く抱きかかえる。
セリーヌも片膝をつきながら「早く……病院へ……」と声を絞る。
ジャスパーの声が無線を突き破る。
「近くに脱出用のヘリを回す! 生きて帰るぞ!」
アイゼンはリディアの血で濡れた手を握りしめ、砂嵐を突き進んだ。
瓦礫が崩れ、爆炎が吹き荒れる中、彼の赤い瞳はただ一つの願いで燃えていた。
死なせは、しない。
ドバイの緊急病院、深夜。
モニターの電子音が静かに鳴り続ける。
手術室のランプが消え、医師が白衣を翻して出てくる。
アイゼンは壁にもたれて座り込む。隣では包帯を巻かれたセリーヌが静かに微笑み、ジャスパーは深く息を吐いた。
アイゼンはガラス越しに眠るリディアを見つめ、低く呟く。
「まだ……終わっちゃいない」
外では砂嵐が夜を覆い隠していた。
■■■
アレクシス財団の中枢が崩壊し、世界を揺るがす異能兵器ネットワークは停止した。黒幕の陰謀は潰え、国際社会にその真相が暴かれる。
ロンドン。
霧に煙るテムズ川を背に、アイゼンハワード・ベルデ・シュトラウスは歩いていた。
黒のスーツに身を包み、かつて失ったはずのIDカードを再び胸に下げる。
MI6への復帰。
それは彼にとって名誉であり、同時に鎖でもあった。
リディアは病院で眠っている。
ジャスパーは情報部門へ、セリーヌは狙撃班へ復帰し、それぞれ新しい任務に就いた。
仲間たちは散っていく。
だが、彼にとって戦場は終わらない。
その夜。
アイゼンはロンドンの片隅にある小さなバーで、赤いワインをグラスに注いだ。
窓の外、雨が石畳を濡らし、街灯が滲んで見える。
グラスを傾け、深く吐息を漏らす。
「……おっさんは今日もつらいよ」
苦く、そしてどこか諦めにも似た笑み。
諜報員としての影の人生に戻った彼は、誰に讃えられることもなく、ただ闇の中に立ち続ける。
画面は静かにフェードアウトし、
遠くにビッグ・ベンの鐘が鳴り響く。
ドバイ病院の一室。
リディアは白いシーツに横たわり、管につながれて眠る。
だが、監視カメラが寄ると
瞼がわずかに動いた。
微かな呼吸に、かすかな生気が戻りつつある。
砂嵐を超え、死の淵をくぐり抜けた彼女の瞳が、ゆっくりと世界を取り戻す兆しを示す。
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ12ー消されたMI6と魔族のおっさん』
ー完ー




