第9話 復讐の告白
廃墟ホテルの長い廊下。外は嵐で窓が震え、吹き込む風が古いカーテンを揺らしていた。
暗がりの中、無口な運転手ルネが立っていた。彼の影がランプの明かりに揺れ、不気味に伸びる。
「ルネさん……」
カズヤが声をかけると、彼はふっと笑った。
「……どこで俺だとわかった?」
その一言に、全員の背筋が凍りついた。
アイゼンハワードが帽子を押し上げ、低く答える。
「殺し方じゃよ。ジャンヌもマリアも、手際が妙に整いすぎておった」
「……?」クラリスが息を呑む。
カズヤが言葉を継ぐ。
「切断面は鋸でもナイフでもない。解体を熟知した者の動きだ。しかも、関節を外して効率的に分けている。素人にできる仕事じゃない」
アイゼンハワードは頷き、さらに言葉を重ねた。
「血文字もそうだ。あれほど冷静に、あの惨状の中で文字を残す……心霊現象のように見せかけながら、実は冷酷に計算されておる」
「つまり……」
カズヤが指を突きつけた。
「犯人は、ただの偶発的な狂気じゃない。兵士か、訓練を受けた者。プロの仕業なんだ」
ルネの瞳が細くなり、やがて口元がわずかに歪む。
「なるほど……やっぱり、お前たちか。見抜くとは思っていた」
嵐の轟音が窓を揺らし、緊張が頂点に達する。
ルネは笑みを消し、低い声で語りはじめた。
「……十数年前、このホテルで妹セリーヌは働いていた。まだ十五にもならん少女だった。家が貧しかった俺たちにとって、ここで働けることは救いだったはずだ」
彼の目が闇の中でぎらつき、声が震える。
「だが支配人オクターヴは……奴は妹を道具のように扱った。奴の命令に逆らえば、解雇と家族の破滅が待っていた。俺は軍にいたから助けてやれなかった。妹は孤独に耐えて……それでも、必死に働き続けたんだ」
オクターヴが顔を青ざめさせ、口を開く。
「ち、違う!あの娘は勝手に」
「黙れぇっ!!!」
ルネの怒声が廊下を揺らし、全員が息を呑む。
彼は荒く息をつきながら続ける。
「その夜、妹は姿を消した。だが俺は知っている……ジャンヌ、お前が見て見ぬふりをしたことを!支配人と客の醜い欲望の犠牲にされた妹を、誰一人として救わなかった!」
クラリスが顔を覆い、泣き崩れる。
「……母も、知っていた。でも口を閉ざすしかなかったの」
ルネは血走った目で彼女を睨みつけ、しかし次の瞬間、深く頷いた。
「そうだ。沈黙する者、利用する者、すべて同罪だ」
彼の声は震えながらも鋭く、狂気と悲哀を帯びていた。
「だから俺は、同じように切り刻んでやった。妹がバラバラにされたのと同じように。奴らの罪を、身体に刻んでやったんだ!」
ルネの手がポケットに伸び、そこから冷たい輝きが走る。
血で鈍く光るサバイバルナイフ。
「そして最後だ……!オクターヴ、お前だけは俺の手で終わらせる!」
ルネが咆哮とともに突進する。
だがその刹那、アルおじ、アイゼンハワードが立ち塞がった。
「ここまでじゃ、ルネ!」
同時にカズヤも身を翻し、ルネの軌道を塞ぐ。
嵐の轟きと荒い呼吸の中、三人の影が廃墟の廊下でぶつかり合う。
復讐の業火は、最終の審判を迎えようとしていた。




