第7話 真実に近づく影
嵐の夜。廃墟ホテルの待合室。ランプがちらつき、揺れる影が壁に踊っていた。
クラリスは泣き腫らした目を伏せ、カズヤに打ち明ける。
「母は……支配人に口止めされていたの。『余計なことを言えば家族ごと破滅させる』って。だから、事件のことは何も話せなかった。でも……夜中に聞いてしまったの。“セリーヌは失踪なんかじゃない、犠牲になったんだ”って……」
カズヤは深く息をつき、言葉を選ぶ。
「犠牲……つまり、誰かの手によって……」
その時、歴史研究家テオがノートを開き、震える声で口を挟む。
「……僕も調べていた。セリーヌには“兄”がいたんだ。幼い頃に養子に出され、記録から消えていたけれど……。事件当時、その兄がこの辺りで目撃されている」
一同が息を呑む。
「兄……」クラリスが呟いた。
テオは続ける。
「名前は伏せられていて、表の資料では分からない。でも、確かに存在していた」
カズヤの視線が自然とルネに向かう。無口な運転手。妙に落ち着き払った態度。何より、冷たい目の奥に潜む何か。
「……まさか、彼が……」クラリスが口にしかけた瞬間、
「断定は早計じゃ」
アイゼンハワードの低い声が遮った。
祖父は懐から古びた革の手帳を取り出し、カズヤにだけ聞こえる声で囁いた。
「カズヤよ、MI6の旧コードをまだ使える。これを経由すれば、彼の過去を洗えるじゃろう。だが……結果がどう出るにせよ、油断はならん」
カズヤは頷く。
「証拠を掴むまでは、疑いを決定づけるわけにはいかない……」
窓の外で稲妻が閃き、犯人の影が壁に大きく伸びた。
その影は誰よりも孤独で、復讐を秘めているように見えた。
廃墟ホテルの一角。ランプの薄明かりの下で、カズヤとアイゼンハワードは小型の受信機を囲んでいた。
ノイズ混じりの通信が入る。祖父が古い暗号を入力すると、低い機械的な声が応答した。
≪こちらMI6。照会対象者の記録を送信する。≫
カズヤは身を乗り出す。
「……で、どうなんですか?」
返ってきた内容は予想外だった。
≪元軍属。戦地での運転・護衛任務に従事。優秀な実績を持つが、10数年前に除隊。その後の記録は途切れている。……血縁に関しては、セリーヌとの“直接の証拠”は確認できず≫
「証拠が……ない?」カズヤは眉をひそめた。
アイゼンハワードが深いため息を吐く。
「無罪とも有罪とも断定できぬ。つまり、これは“隠された過去”じゃな」
無線が途切れ、部屋に再び静寂が落ちた。
その時、ホテルの上階からかすかな足音が響いた。重い床板がきしむ音。
「……まただ」カズヤが顔を上げる。
「狙われておる者がいる」
祖父の声は低く冷たい。
二人は顔を見合わせ、即座に動いた。
暗闇の廊下を走り、三階の客室前に身を潜める。窓の外は嵐。雷鳴が轟き、影が壁を走る。
「ここに誰か来る……犯人は“次の見せしめ”を仕掛けようとしている」
カズヤは息を潜める。
「ならば迎え撃つまで。死人に裁かれる前に、生者の手で止めねばならん」アイゼンハワードが古びた拳銃を静かに構えた。
廊下の奥、ゆっくりと人影が近づいてきた。
足音。
呼吸。
そして金属の刃がランプの光を反射する。
「来た……!」カズヤの心臓が跳ねる。
祖父が囁いた。
「よいかカズヤ……真実を暴く覚悟はあるか?」
カズヤはうなずいた。
「もちろん」
廃墟の廊下で、彼らの待ち伏せが始まった。
犯人を追い詰めるための、静かで危険な夜の攻防が。




