第4話 疑念という刃のツアー客
翌朝。
廃墟ホテルの食堂には、昨夜の惨劇の影を引きずる沈鬱な空気が漂っていた。
大きな窓から吹雪が見え、氷のような風がガラスを震わせる。外界との繋がりを完全に断たれた空間で、参加者たちは互いの顔を疑わしげに見つめていた。
ジャンヌの遺体は布で覆われ、隅に安置されている。誰も近づこうとしない。
その前に立ったのは、アイゼンハワード。杖をコツンと床に打ち鳴らし、重い声を放った。
「諸君……亡霊の仕業ではない。
ジャンヌを殺したのは、“この中の誰か”だ。
ならば、まず確かめるべきは昨夜の所在。順に話してもらおう」
カズヤも頷き、参加者たちを見渡した。
「悲鳴が上がった直後、誰がどこにいたか……はっきりさせたいんです」
マリア(添乗員)
マリアは怯えたように背筋を伸ばした。
「わ、私は……ロビーにいました。皆さんの点呼を取っていて……。悲鳴を聞いてすぐに駆けつけたんです!」
その声は切羽詰まっていたが、視線は泳いでいなかった。
オクターヴ(元支配人)
「わしは……」
白髪を撫でながら、オクターヴは言い淀む。
「書斎におった。古い鍵の在処を調べようと思ってな。だが……それ以上は誰も証明できまい」
沈痛な面持ち。だがその奥に、まだ語られぬ秘密が潜んでいる気配があった。
テオ(歴史研究家)
「僕は二階の廊下と客室を調べていました。古い日記が見つかるかもしれないと思って」
ノートを握る手が固く震えている。
「この館の過去を知れば、事件の真相にも近づけると……」
その言葉は必死さと同時に、どこか焦燥の色を帯びていた。
クラリス(元従業員の娘)
「私は……ランドリールームにいました」
クラリスは俯き、唇を噛む。
「母が働いていた場所……。事件のあと、うちの家族は破滅したんです」
涙がぽろりと落ち、彼女の声はすすり泣きにかき消された。
ルネ(バス運転手)
最後に、ルネが腕を組んで低く言った。
「オレはバスにいた。機材の点検だ。……それ以上でも、それ以下でもない」
短い言葉に、拒絶の気配がこもっていた。
「結局、誰も互いを証明できない……」
クラリスが吐き出すように言った瞬間、テオが鋭く睨んだ。
「君こそ怪しいじゃないか。母が働いていた? それを口実に、この場所に復讐を仕掛けているんじゃないのか!」
「違う!」
クラリスの叫びは震えていたが、真実かどうかは誰にも分からない。
マリアが青ざめた顔で両手を広げた。
「やめてください……! これ以上疑い合えば、みんなが壊れてしまう!」
アイゼンハワードは目を細め、低く呟いた。
「いずれにせよ、殺人者は生きておる。そしてその裁きは始まったばかりじゃ」
カズヤが真っ直ぐに皆を見据える。
「だから僕たちは、逃げずに真実を見極める。誰がこの館の闇を引き継いでしまったのか……必ず突き止めます」
吹雪が窓を揺らし、薄暗い食堂に冷たい影が落ちる。
互いの目には、疑念という刃がすでに突き立っていた。




