プロローグ
雪をかぶった街路樹の並木を、黄昏の冷たい風が吹き抜けていた。
人通りの少ない駅前広場で、カズヤは両手をポケットに突っ込み、電車の到着を待っていた。
その横で、背筋をまっすぐに伸ばした大柄なおじさん、アイゼンハワードが、深紅のマントの裾を翻しながら立っていた。
人々はちらちらと彼を見たが、その異様な存在感に声をかける者はいない。カズヤにとっては慣れた光景だった。
「なあアルおじ。お前みたいな魔族の大男が駅前に突っ立ってるとさ、視線が痛いんだけど」
「ふん、儂は魔族といえど紳士じゃ。人間の目など慣れたわ」
軽口を交わしていたそのとき。
「失礼、あなた方……」
凛とした声が背後から響いた。振り向くと、白いコートをまとった若い女性が立っていた。
淡い金髪に、どこか影を秘めた瞳。
「私の名はマリア・ローゼン。旅を楽しむ方々を案内する、ツアーの添乗員です」
彼女は丁寧に一礼し、二人へと小さな封筒を差し出した。
「よろしければ、このツアーにご参加いただけませんか? 行き先は、山奥の廃墟ホテル。かつて少女失踪事件があった曰く付きの場所です」
その言葉を聞いた瞬間、カズヤの背筋に冷たいものが走った。
アルおじは眉を吊り上げ、低く笑った。
「ほう……霊の噂か。くだらん。だが、ゾンビはおっても幽霊など存在せんぞ」
「……アルおじ、そういう問題じゃなくて」
マリアは微笑んだが、その瞳はどこか張り詰めていた。
まるで“行かざるを得ない理由”を胸に隠しているかのように。
「これは単なる観光ではありません。――過去の影を、暴く旅になるかもしれません」
駅前広場を吹き抜ける風が、三人の間を裂くように吹き荒れた。
カズヤは思わずマリアの手に握られた封筒へ視線を落とした。そこには、黒いインクで奇妙な紋章が描かれていた。
まるで、招待状そのものが過去からの呪いのように。
「行くのじゃ、カズヤ」
「……え?」
「この匂い、ただの心霊スポットではない。血と怨念の臭いがする」
アイゼンハワードの瞳が、闇の奥を見透かすように光った。
そしてカズヤは悟った。これは偶然の出会いではない
必然なのだ、と。
やがて、遠くからツアーバスのヘッドライトが白く雪を照らした。
事件の幕が上がると同時に、彼らの“呪われた旅”が始まろうとしていた。




