第6話 ポーカー心理戦の幕開け
薄暗いVIPルームに、カードを切るディーラーの冷たい音だけが響く。
リディアは微笑みを浮かべ、先手を打つように大きくチップを積み上げた。
アイゼンハワードは冷静に目の前のカードを見つめる。
彼女の動きは速い。だが、細かな動作の裏に隠された意図を読み解くのは、彼にとっても容易ではない。
「あなた、まだ俺を試しているつもりか」
「あなたを試すのは、いつでも楽しいわ」
リディアの声は甘く、だが含む意味は鋭い。
彼の心拍は微かに上がるが、表情は動かさず、冷静に応じる。
その動きは滑らかだが、わずかに速い。
しかし彼女の瞳は微動だにしない。これがブラフか、二重の罠か。
テーブルの上には、ハートのクイーン、ダイヤの10、スペードの8が開かれている。
両者の視線は次のカードへと注がれる。
ターンにキングが開く。
リディアの瞳が一瞬揺れる。
だがそれは感情か、計算か。
彼には判別できなかった。
リディアは再びチップを押し出す。
「これがあなたへの挑戦よ」
リバーを前に、リディアはゆっくりと身を乗り出し、声を絞り出すように言った。
「今降りれば、生き延びられるわ」
「そして君は、また俺を置いていくのか?」
アイゼンハワードは全てを見透かすようにコール。
次のカード、リバーが開かれる。
リバーはジャック。
テーブル上はクイーン、キング、ジャック、10、8とストレートの可能性がある。
リディアは一呼吸おいて、ためらいなく全チップをテーブルに押し出した。
「オールインよ、アイゼン。これが最後の手よ」
空気は一瞬凍りついた。
全員が固唾を飲んで見守る。
アイゼンハワードは冷静にそれを見据え、深く息を吐いた後、静かに全額をコールした。
勝負は決まった。
リディアがカードを伏せる。フルハウス、キングのトリプルとクイーンのペア。
アイゼンハワードもカードを裏返す。こちらは同じくフルハウスだが、キングのトリプルにジャックのペア。
キッカーの差で、わずかにリディアの勝利。
会場はざわめきに包まれ、リディアは無言で席を立つ。
その手には小さな封筒が握られていた。
その時、室内の照明が突然消え、真っ暗闇がVIPルームを包んだ。
その瞬間、背後で銃のスライドが引かれる音。
そしてVIPルームは、ポーカーの場から戦場へと変わった。
不意に銃声が響き渡る。
壁の奥から遮蔽扉が開き、黒ずくめの武装集団が一斉に乱入してきた。
アイゼンハワードは瞬時に反応し、袖口の魔導防御装置を起動。
銃弾をかき消す衝撃波を放ち、身を守りながら背後のリディアを庇う。
「ここからはデスゲームだ」
彼は短く呟き、周囲の敵を次々に制圧していく。
煙と破片の中で、闇の狭間を縫うように敵の動きを読み、狙撃と格闘を繰り返す。
やがて援軍のFATFエージェントや現地協力者たちが駆けつけ、武装集団を押し返す。
VIPルームは激しい銃撃戦の末、再び静寂を取り戻す。
アイゼンハワードは床に落ちた封筒を拾い上げ、そこに記された文字を見つめる。
「ミッドナイト、港の第七倉庫……五分だけ話す」
それはまだ、さらなる闇の始まりに過ぎなかった。




