第5話 VIPルームの影
ヴルカーノ連邦共和国、火山島の上空には不気味な赤い光が揺れている。
カジノ・ロワイヤル最上階。厚いベルベットのカーテンが外の火山の光を完全に遮断し、闇が深く部屋を包む。
VIPルームヘ
天井からは二十万カラットのクリスタルシャンデリアが、無数の光を散りばめながら滝のように垂れ下がり、壁面の18世紀の油彩画は金箔の縁取りで豪華に輝く。完璧に調整された空調が、湿度も温度も、人の神経をじわじわと研ぎ澄ます。
大理石の黒光りする床は冷たく硬く、この豪奢な空間が、逆に檻のような閉塞感を生み出していた。窓は分厚い防弾ガラスで封鎖され、外界の喧騒は届かない。まさに金と権力の猛獣たちだけが息をつける黄金の牢獄。
部屋には、世界の裏社会を牛耳る五人の巨頭が既に揃っていた。
①ウラジミール・ペトロフ
ロシアン・マフィアの老ボス。片目はガラス玉で覆い、指には旧ソ連時代の勲章の指輪を嵌めている。 口角は微かに上がりながらも、その眼光は冷徹無比だ。
②“白蛇”マダム・リー
アジアのトライアド女帝。象牙のような白い肌を赤のチャイナドレスが際立たせる。 指先の動き一つで、部下が即座に死を招くと噂されている。
③ファリード・アル=サマール
中東の武器商人。ブランデーを静かに揺らしながらも、笑みの裏に鋭い鷹の眼を隠している。
④ガブリエル・ソリアーノ
南米麻薬カルテルの若き帝王。ジャガーの毛皮を羽織り、背後には屈強なボディガードが控える。
⑤ミカエル・ローゼンクランツ
欧州の情報ブローカー。細身で銀縁の眼鏡をかけ、常に何か計算しながら指先を動かしている。
彼らは全員、アイゼンハワードを刺すような視線で迎えた。
歓迎の意味などなく、「いつでも殺せる」宣告の眼差しだった。
壁際には武装した黒服の男たちが配置されている。
その胸ポケットに見えるのは、わずかに輝く電子信号探知器。
監視と警備が最高レベルであることを告げていた。
■■作戦概要の記憶
脳裏に蘇る、上官からの極秘任務文書の言葉
「国際犯罪組織は、ここヴルカーノ連邦共和国の違法カジノ《カジノ・ロワイヤル》にて、国家予算規模の資金洗浄を目的とした超高額ポーカーゲームを開催。テロリスト・ネットワークへの資金供給を再開し、最終目標は核兵器開発計画の再始動と推測される。君は潜入し、資金洗浄ルートの特定と破壊、参加者情報の確保、必要あればターゲットの無力化を実行せよ。
FATF監査官エバグリーンが同行し、武装・諜報機器は現地協力者より受領。
特に注視すべきは《ヴェール・キング》と《シルバー・リディア》。」
場内の静寂を破ったのは、控えめながらも艶めかしいアナウンス。
「本日のスペシャルゲストを紹介しましょう」
重厚な扉がゆっくり開く。
白のイブニングドレスが闇を裂く。
長い金髪、赤い唇、そしてその瞳の奥に潜む冷たい炎。
リディア・マルセリーヌ。
かつてアイゼンハワードの胸を焦がし、同時に裏切りで凍らせた女。
彼女は席に着く前、わずかに唇の端を上げる。
「また会いましたね、アイゼン」
「リディア……君は、いつも最悪のタイミングで現れる」
高級な葉巻の煙がゆっくりと天井へ上り、テーブルを覆う薄暗い光の中で、カードが静かに配られる。
リディアは迷わずチップを押し出した。
「強気だな」
「もしかしたら、ただあなたを試しているだけかもしれないわ」
動きは滑らかだが、わずかに速い。
視線は揺らがず、彼女の真意は計り知れない。
アイゼンハワードは冷静にコールし、二人の心理戦が始まった。




