第2話 高級スーツと冷たい銃口
予選会場を後にしたアイゼンハワードとエバグリーンを、黒塗りのリムジンが待っていた。
夜のヴルカーノ島、溶岩流が遠くで赤く光り、海面を金と黒に染める。
窓越しに見える高級リゾートホテル《ラ・ヴィル・エターナ》は、海上に浮かぶ宮殿のようにライトアップされ、まるで異世界の城塞のようだった。
ホテルロビーは天井高く、金箔をあしらった柱が並び、滝のように流れるシャンデリアの光が床を照らす。
ピアノの旋律と、シャンパンの泡が弾ける音が重なり、外の火山島とは別世界の静けさを演出していた。
コンシェルジュが恭しく微笑み、二人を迎える。
エバグリーンは深紅のドレスの裾を揺らしながら、鍵を受け取った。
「スイートルーム、最上階です」
エレベーターに向かう途中、白い制服を着たホテルボーイが荷物用カートを押して近づく。
一瞬、アイゼンハワードの魔族の血がざわめいた。
(呼吸が浅い…視線が定まっていない…)
ボーイは軽く会釈し、すれ違いざま
冷たい金属音が空気を裂いた。
袖口から伸びた細い銃身が、至近距離でアイゼンハワードの心臓を狙う。
その瞬間、時間がスローモーションに変わる。
銃口の闇、火薬の匂い、エバグリーンの驚愕した瞳。
ドンッ――!
乾いた銃声がロビーの静寂を粉々に砕く。
だが弾丸は彼の胸に届く前に、目に見えぬ光の膜に弾かれた。
魔族の血とMI6の技術を融合させた魔導防御スーツ。
袖口の紋章が青白く輝き、弾丸を宙で弾き飛ばす。
「惜しかったな」
アイゼンハワードは冷ややかに呟くと、ジャケットの内ポケットに手を伸ばした。
ボーイの瞳に恐怖が走る。
エバグリーンは片足を引き、隠しナイフを抜き取る。
ロビーの観光客たちが悲鳴を上げ、スーツケースが床に転がる音が響く中、
次の銃声か、魔法の閃光か空気が爆ぜる寸前で場面は暗転した。
銃口を弾き返した瞬間、アイゼンハワードは手首をひねり、ボーイの腕を逆方向に折り上げた。
金属音とともに小型サイレンサー付きの拳銃が床を滑る。
暗殺者は痛みに声を上げる代わりに、足元から刃を繰り出し、脛を狙う。
アイゼンハワードは一歩後ろに引き、カーペットを蹴って回し蹴りを叩き込む。
暗殺者の身体が荷物用カートごと吹き飛び、近くのシャンデリア支柱に激突。
客の悲鳴、倒れるグラス、シャンパンの飛沫――一瞬でロビーが戦場に変わった。
魔族の力、解禁
エバグリーンは踊るような動きで階段手すりを飛び越え、別方向から暗殺者に迫る。彼女のナイフが空気を切り裂くたび、金の装飾が光を反射する。
「こいつ、一人じゃない!」
彼女が叫んだ瞬間、二階の回廊から二人目、三人目の暗殺者が現れ、クロスボウと小型魔導銃を構える。
アイゼンハワードは袖口の魔導紋章を撫でると、淡い青の盾が半球状に広がる。矢も魔弾もそれに触れた瞬間、花火のように弾けて床に落ちる。
ワルツのリズムで
ホテルのグランドピアノから奏でられていたワルツが、まだ途切れずに流れている。だが、その旋律に合わせるように、三人の暗殺者と魔族スパイの死闘が展開される。
1拍目
左側の暗殺者をカウンターエルボーで沈める。
2拍目
回し蹴りで正面のクロスボウ使いを吹き飛ばす。
3拍目
最後の一人が懐に迫るが、エバグリーンのナイフがその喉元を止める。
ピアノの最後の和音と同時に、暗殺者たちが床に崩れ落ちた。
ロビーは破片と煙の匂いに包まれ、ホテル従業員が遠巻きに見守る中、
アイゼンハワードは倒れた暗殺者の胸ポケットから、黒いカードを抜き取る。
そこには銀色の文字で"ヴェール"
彼はそれを指先で弄びながら、エバグリーンと目を合わせた。
「どうやら、ゲームはまだ始まったばかりじゃの」




