第1話 炎の島へのカジノ大会の招待状
ヴルカーノ連邦共和国、モンテネグロ沖合
火山の噴煙が夜空を赤く染める中、カジノ・ロワイヤルのガラスドームは宝石のような光を放っていた。港から伸びる一本の橋を渡ると、そこは全世界から招かれたハイローラーたちの戦場だった。
【予選ラウンド開始】
黄金色の絨毯を踏みしめるたび、足元から微かな反響音が返ってくる。
ドーム型の天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、数千のクリスタルが火山の噴煙を透かしてゆらめく赤い光を反射していた。
空調は甘い香りを含み、視界の端には高級シャンパンを載せた銀盆が行き交う。
黄金のポーカーテーブルの上に、重く輝くプラチナチップが積まれる。
司会役の女性ディーラーが、滑らかな声で宣言した。
「本日の予選ラウンド、残り二名が決勝へ進出します」
テーブルには八人の参加者。
黒スーツに身を包んだロシアの石油王、笑みを絶やさないマカオの女実業家、両腕に刺青を刻んだアフリカの武器商人…
そして、その中央に無表情で座る男
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。
隣の観客席には、艶やかな赤ドレスを着たエバグリーンが控えていた。
彼女は恋人を演じる役だが、その視線はあくまで冷静で、任務の一点だけを見据えている。
「勝って、でも目立ちすぎないで」
「目立たずに勝つ? 無理だろう。それは魔法だ、エバグリーン」
八人の挑戦者が一枚の円卓を囲んでいた。
テーブル中央には純金の縁取りを施したフェルト布、その上にチップタワーが立ち並び、わずかに揺れる光を受けて宝石のように輝く。
ディーラーの女は黒いシルクドレスを纏い、冷たいほど正確な手つきでカードを配る。
その手元を見つめる挑戦者たちの視線は、銃口を突きつけられた兵士のように張り詰めていた。
アイゼンハワードは椅子に深く腰掛け、手札をゆっくりとめくった。
【キング、キング】悪くない。
彼は顔色一つ変えず、チップを指先で弾く。その音は乾いた硬貨のように響き、周囲の耳に染み込む。
ロシアの石油王は片眉を上げ、大きくレイズ。
マカオの女実業家は口元に微笑を浮かべ、コール。
アフリカの武器商人は葉巻をくわえたまま、しばらく沈黙した後、強気にオールインを宣言。
会場全体が一瞬だけ静まり返る。
ディーラーが視線で「どうする?」と促す。
アイゼンハワードはわざと迷う素振りを見せ、額にわずかな皺を寄せた。
(武器商人の目は強気だが…あれは本物の手か、それとも脅しの煙幕か?)
彼は視線を横に流し、観客席のエバグリーンと目を合わせる。
彼女はわずかに唇を動かした
「コール」。
無言でチップを積み上げ、武器商人と対峙する。
カードが公開される。相手の手はクイーンのスリーカード。
アイゼンハワードのキングのペアに、最後のカード。
キングが落ちた。
「フルハウス」
ディーラーが淡々と宣言する。
武器商人が舌打ちを残し席を立つと、観客席から小さな歓声が漏れた。
だがその瞬間、背後の自動ドアが静かに開き、空気が一変する。
会場入口に、ゆっくりと一人の女性が現れた。
銀糸のような長い髪、深紅のイブニングドレス。
観客たちがざわめく中、その女は真っ直ぐアイゼンハワードの席へ歩み寄る。
「…リディア」
低く囁く声に、エバグリーンがわずかに眉を動かした。
リディア、かつてMI6の非公式協力者として彼の任務を支えたが、ある作戦の失敗で消息を絶った女。
今はヴェールの幹部の愛人と噂される存在。
彼女は甘く微笑み、アイゼンハワードの肩に触れる。
「久しぶりね、魔界の貴族の血を引くスパイさん。…まだカードの切り方は変わっていないみたい」
その言葉に、エバグリーンの瞳が一瞬だけ冷たく光った。
場内のネオンが赤く染まる中、三人の間に見えない火花が散る
そして決勝ラウンドの鐘が鳴った。




