第9話 犯人はこの中にいる。
【大広間】
重い両開きの扉が軋みながら閉じられた瞬間、館の空気が一段と冷え込んだ。
吹き抜けから差す月光が、集められた面々の表情を青白く照らす。
暖炉の火は弱く、時折、薪が弾けて鈍い音を立てる。
その音にすら、全員がわずかに肩を震わせていた。
カズヤは暖炉の前に立ち、ゆっくりと視線を巡らせる。
クラウディア、レオン、イザベル、フロランス、ギヨーム、エドゥアール
全員がこの場に揃っている。
「犯人は、この中にいる」
カズヤの一言に全員が沈黙が落ちる。
フロランスは顔をこわばらせ、イザベルは唇を噛み、レオンは眉を上げたまま固まっていた。ギヨームだけは、無表情でカズヤを見返す。
「まず、このオルゴールだ」
カズヤは机に置かれた古いオルゴールを指先で押し、ゼンマイの軋む音を響かせる。
「事件当夜、このゼンマイは異常にきつく巻かれていた。
鐘が鳴る瞬間に連動して、遺体を落下させる仕掛けを動かすためだ。
この構造は、時計技師マルク・ラグナスの知識がなければ作れない」
クラウディアが眉をひそめる。
「……マルクが犯人だというの?」
「違います」
カズヤは即座に首を振る。
「マルクは脅されていただけだ。そして、用が済むと殺された」
アイゼンハワードが封筒を机に置く。
「隠し部屋から見つかった“罪の記録”。修道院から追放された少女と、その遺族の名が書かれているギヨーム、あんたの家だ」
その名が呼ばれた瞬間、暖炉の火がぱちりと音を立てた。
ギヨームは瞬きひとつせず、ただ視線を落とした。
■■■回想事件前夜
夜の厨房。
外は雪が降りしきり、窓に吹きつける風の音が低く響く。
ギヨームは煮込み鍋の前に立っていたが、その背に重くのしかかる視線を感じ、振り向いた。
クラウディアが、黒いショールを肩にかけ、ゆっくりと近づいてきた。
手には、古びた封筒が握られている。
「ギヨーム……これを受け取りなさい」
差し出された封筒は、薄く、軽かった。
「……これは?」
「手切れ金よ。これで全て終わりにしましょう。
あなたと、過去の……あの忌まわしい血の繋がりの話も、二度と口にしないで」
ギヨームは封筒を開け、中の札束を見た。
それは、わずかばかりの金。
妹の命と、一族の名誉と、長年の屈辱の代償としてはあまりにも軽すぎた。
「……これで、終わり?」
声が低く、掠れていた。
クラウディアは目を逸らし、冷たく言い放った。
「そう。あなたはもう必要ないの」
その瞬間、ギヨームの胸の奥で、長く燻っていた憎悪が音を立てて燃え上がった。妹の顔、雪の中で閉じた瞳、凍りついた手、今までの全てが忌まわしい記憶が鮮明によみがえった。
ギヨームはゆっくりと封筒を閉じ、無言で鍋の脇に置いた。
その手が、ほんのわずかに震えていた。
■■■
回想が途切れ、現実の大広間に戻る。
カズヤの声が鋭く響いた。
「塔の階段に残された足跡、雪に混じった土の粒、踊り場で見つかった手袋の切れ端 全て、ギヨーム、あなたの衣服の繊維と一致した」
フロランスが震える声で言う。
「……そんな、嘘でしょう……」
イザベルは目を見開き、レオンは吐き捨てるように「狂ってる」とつぶやいた。
ギヨームは静かに顔を上げ、冷たい笑みを浮かべた。
「……あの女が俺にくれたのは、わずかな金と、終わりの宣告だけだった。
だから、俺はあの女に終わりを与えたんだ」
クラウディアは椅子の背にもたれ、かすかに震える声を漏らした。
「ギヨーム……」
「俺の裁きは終わった。あとは、俺が行く番だ」
ギヨームは懐から小さな銀のナイフを取り出した。
アイゼンハワードが一歩踏み出すが、止めるより早く刃が彼の喉を切り裂く。
赤い筋が広がり、床に崩れ落ちるギヨーム。
誰もが声を失い、ただ暖炉の火だけが揺らめいていた。
遠くで鐘が鳴った過去と罪を同時に告げるように。




