第7話 屋敷の亡霊と修道院の手記
吹き抜けの廊下を渡る風が、冬の冷気とともに古い埃の匂いを運んでくる。
カズヤとアイゼンハワードは、塔の裏手にある壁の歪みに目を留めた。
「……この石積み、外壁と内壁の継ぎ目が違う」
カズヤの囁きに、アイゼンハワードが片眉を上げた。
「隠し部屋、というわけだな。修道院時代の建築では珍しくない」
埃まみれのレバーを押し込むと、低い軋み音とともに壁が横へずれた。
中から冷たい空気が一気にあふれ出し、二人は懐中ランプを掲げて足を踏み入れた。
そこは狭い石造りの部屋だった。
棚には古びた木箱が積まれ、そのひとつから、革表紙の分厚い本が現れた。
表紙には手書きで、こう記されていた。
Confessio Peccati(罪の記録)
「修道院時代の内部記録……これは興味深い」
アイゼンハワードが慎重にページをめくる。紙は黄ばんで脆く、インクは褪せていたが、記された言葉は十分に生々しい。
『…修道女クラウディア、規律違反を理由にシスター・マリアンヌを追放』
『少女エリス、行き場なく雪原を彷徨い、凍死』
カズヤが息を呑んだ。
「クラウディア……この屋敷の主が、少女を死に追いやった?」
「そのようだな。だがもっと興味深いのは、この“エリス”の姓だ」
アイゼンハワードはページを指で叩いた。
「……ヴェルネ家と縁続きの家系だ」
そのとき、背後の廊下から軋む足音が近づいた。
ランプの灯りが揺れ、影が壁に伸びる。
現れたのはイザベル・ヴェルネだった。
彼女の瞳が、手記に向けられた瞬間、わずかに揺れた。
「……それを、どこで?」
「隠し部屋だ」とカズヤが答える。
「クラウディア夫人が封印したかった過去かもしれない」
「エリスという少女をご存知ですか?」
アイゼンハワードの問いに、イザベルは一拍遅れて答えた。
「……名前だけは。孤児院で何度か耳にしました。けれど、もう……」
彼女はそれ以上言わず、唇を噛みしめた。
「犯人は、この少女と血のつながりがあった可能性がある」
アイゼンハワードは低くつぶやいた。
「そして、その過去は長らく葬られてきた……だが、遺言書の行方と結びつければ、動機が見えてくるはずだ」
カズヤは革表紙の手記を閉じた。
古い修道院の亡霊が、この屋敷に今も生きている。
それは単なる伝説ではなく、誰かの心に刻まれた復讐の種だった。




