第6話 音の密室と沈黙の証言
雪がしんしんと降る朝、時計塔の階段は冷たく湿っていた。
クラウディアの転落から一夜。屋敷全体が沈黙に包まれていたが、その沈黙の奥には、互いの顔色をうかがう気配が満ちていた。
「……昨夜のオルゴールの音、やはり妙でした」
メイド長フロランスが口を開いたのは、食堂の片隅だった。
「いつもは軽やかに流れる旋律が、何かを引きずるように遅く、音の切れ目が不自然で……まるで誰かが細工をしたようでございます」
「細工?」
とレオン・ヴェルネが反応した。
「そんな子供じみたことを、誰がするんだい? それに……オルゴールの曲が少し違ったくらいで、祖母があんな事故に遭うなんて」
彼の笑みは薄く、目の奥は笑っていなかった。
「事故かどうかは、まだ決まっておりませんよ」
アイゼンハワードがゆっくり紅茶を口に運び、低い声を響かせる。
「塔の機構に関する知識がある者なら、鐘とオルゴールを連動させて、特定の時刻に何かを作動させることは可能です」
カズヤはレオンの視線を一瞬受け止めてから、会話を引き継いだ。
「昨夜、鐘が鳴った瞬間に遺体が落ちたことは偶然じゃない。吊られていたものを滑車から解放する仕掛けがあったと考えるほうが自然です」
「その仕掛けを作れるのは、マルクしかおりません」
イザベル・ヴェルネが静かに言った。
「彼は修道院時代からこの塔の構造を知っていました。けれど……もう亡くなってしまった」
部屋に沈黙が落ちた。
昨日、マルク・ラグナスの遺体が塔とは別の部屋で見つかったのだ。
その手には震える文字で書かれた紙切れが握られていた――
『すべては私がやりました』
「これが自白文だって? 冗談じゃない」
料理長ギヨームが鼻を鳴らした。
「字は滲んでるし、文の切れ方も変だ。あれじゃ誰かに書かされたようなもんだ」
「……私もそう思います」カズヤが紙を光に透かしながら言う。
「筆圧も不自然だし、インクの乾き具合が違う。何者かがマルクを利用し、口封じをした可能性が高い」
「で、その何者かは?」
レオンが身を乗り出す。
「君はまるで、別の誰かが祖母を殺したと断言しているように聞こえるよ」
「断言はしていません」
カズヤはあくまで穏やかに返す。
「ただ……まだ見つかっていないものがありますよね。クラウディア夫人の“新しい遺言書”です」
その言葉に、場の空気が一気に張り詰めた。
執事エドゥアールが咳払いをして言った。
「執務室も金庫も確認しましたが、どこにもございません」
オルゴールの細工。
鐘の鳴る正確なタイミング。
消えた遺言書。
そして、口を封じられた時計技師。
それらはまだ見えない糸で結ばれている。
カズヤはその糸の端を掴みかけていたが、引けば誰が現れるのか、それらは、まだ闇の奥に潜んでいる。




