第4話 三重密室の謎
朝の光は白く淡く、雪の膜が屋敷の石畳を覆っていた。冷えた空気に触れると、呼吸は白い雲となり、すべての音が少しだけ遠ざかる。
カズヤは中庭を歩いた。クラウディアが倒れていた場所の周囲は、赤い染みだけが痛々しく残っている。だが、驚くべきことに、雪の上には誰の足跡もなかった。
「足跡がない……?」
レオンが呟く。震える声には、動揺が混じっている。
「昨夜のうちに誰かがここを歩いて、あえて足跡を消すことはできるが、今のところその痕跡は見つからない」
アイゼンハワードは冷静に視線を巡らせる。
エドゥアールが鍵束を差し出した。鉄のリングに通された鍵は、昨夜からそのままの状態だという。
「塔の扉は閉められ、鍵も私が預かっておりました。夜間、誰も塔に出入りしていないはずです」
塔の最上階に向かう螺旋階段には、血痕が点々と残されている。だが血痕は階段の一部に限られ、外に向かう足跡はない。塔の窓ははめ殺しで、外壁に登った形跡も見当たらない。
「塔の鐘は自動で鳴る。マルクが修理してから、手動で鳴らすことは構造上難しいはずだ」
マルク・ラグナスは重々しく言った。
カズヤは、机の上に転がる止まったオルゴールを手に取ってみる。ゼンマイは巻かれているが、内部には通常のオルゴールにない小さなフック状の加工が見える。
「オルゴールの演奏時間と鐘の鳴るタイミングがずれていたんだ。前夜、誰かがそのタイミングを意図的に操作したように思える」
カズヤは低く言った。
アイゼンハワードは頷くと、声を低めた。
「まとめると、三重の密室だ。
①塔の扉は施錠されていた。
②中庭は雪で覆われ足跡がない。
③鐘の仕組みは自動で、外部操作の痕跡はないはず。
だが事件は起きた。ならば、どこかに“仕掛け”があるはずだ」
二人は塔の機械室へと向かった。あの古い歯車の隙間に、何か“外からの干渉”の跡がないかを確かめるためだ。
考察(現場の異常点と初期仮説)
現場の主要な異常点
塔の扉は施錠されていた(執事の管理下)。
中庭は雪で覆われ足跡がない(遺体周辺も含む)。
鐘の仕組みは自動で鳴るはず(マルクが修復した)。
古いオルゴールの旋律が鳴り、曲と鐘のタイミングにズレがある。
塔の階段に断続的な血痕がある(移動の痕跡)。
被害者は頭部強打で即死、転落事故に見える。
これらの要素を踏まえ、いくつかの現実的な仮説を立てる必要がある。
仮説A:"転落に見せかけた殺害"(屋内で殺害→遺体を落下)
仮説B:"降雪が後で足跡を消した"
仮説C:"外壁からの登攀・降下"
カズヤは機械室の小さな歯車を指で触れ、冷たい金属の感触を確かめた。アイゼンハワードはその横で沈黙し、親族たちの表情を見ていた。
「時間を操る者は、同時に人の運命を弄ぶ者でもある」
と、アイゼンハワードは静かに呟いた。
塔の歯車はなおも回り、雪の静寂の中で、真実が少しずつ顔を出し始めていた。




