第3話 時計塔から落ちた者
夜の空気を裂く、短い悲鳴
カズヤとアイゼンハワードは顔を見合わせ、ほぼ同時に廊下を駆け出した。
中庭に出た瞬間、視界に飛び込んできたのは、月光に晒されたクラウディア・ヴェルネの横たわる姿だった。
額から後頭部にかけて赤黒い血が広がり、石畳に冷たく染み込んでいく。
「おばあさまっ!」
レオン・ヴェルネが駆け寄り、跪いた。
その声は震えていたが、驚きと動揺の色は妙に抑えられている。
「誰か! 医師を……いや、もう……」
「お下がりください、レオン様。」
メイド長フロランスが険しい顔で制した。
「頭部を強打しています。即死でしょう。」
塔を見上げれば、最上段の窓が開き、夜風が吹き込んでいる。
螺旋階段には血痕が点々と続いていた。
「足を滑らせたんだ。」
執事エドゥアールが、硬い声で言う。
「階段は昨夜の雨で濡れておりました。あの方は今夜、塔に用事があったのでしょう。」
「でも……おばあさま、は高い所を嫌っていたはずよ。」
イザベル・ヴェルネがかすれた声を漏らす。
「どうして塔に?」
「塔といえば、俺が修理した大時計しかないがな。」
マルク・ラグナスが眉をひそめる。
「今夜は作業をしていない。鍵も、屋敷の者しか……」
「0時の鐘の直前に、妙なことがありました。」
料理長ギヨームが、厨房帽を握りしめながら言った。
「古いオルゴールの音が聞こえたんです。あれは祖母様の宝物のはず……でも、いつもと違う。鐘が鳴る前に、曲が終わってしまった。」
カズヤがアイゼンハワードの方を見た。
「アルおじさん、やっぱり聞こえたよな?」
「ああ。」
アイゼンハワードはゆっくりと顎を撫でた。
「鐘と曲の時間がずれていた。そしてその直後に転落……。偶然と片付けるには、些か出来すぎている。」
「何が言いたいんです?」
レオンの声は険しかった。
「まさか、誰かが、おばあさまを」
「まだ何も決めつけてはいない。」
カズヤはレオンをまっすぐに見据えた。
「でも、事故のように見せかける方法は、いくつもあるんだ。」
沈黙の中、塔の奥で歯車のきしむ音が響いた。
それはまるで、この屋敷が長い眠りから目を覚まし、何かを語ろうとしているかのようだった。




