第1話 沈黙の修道院
山岳地帯を越え、霧の谷を抜けると、切り立つ崖の上にそれは忽然と姿を現した。重厚な石造りの邸宅。かつて神に仕えた修道女たちの祈りの場。
今は、ヴェルネ家の冬の別邸である。
古びた鐘楼が屋根を貫き、その上に据えられた大時計は、まるで時の終わりを告げるように、長きにわたり針を止めていた。
【 登場人物紹介】
カズヤ
探偵役の青年。観察力と論理的思考に長け、冷静に事件の本質を突く。まだ若いが、祖父であるアイゼンハワードの影響を強く受けている。
アイゼンハワード
元魔界貴族の将軍。人間の心理や歴史への造詣が深く、重厚な雰囲気をまとった“老いた賢者”。現在は隠遁生活を送っているが、事件には敏感。
クラウディア・ヴェルネ
屋敷の主。老齢の未亡人で、かつて侯爵夫人だった。莫大な遺産の保有者。穏やかだが、どこか人を寄せつけない。
レオン・ヴェルネ
クラウディアの孫。快活で社交的だが、その笑顔の裏に秘密を隠している様子。
イザベル・ヴェルネ
クラウディアの義娘。修道院時代に養子として引き取られた。静かで控えめ、屋敷に対して複雑な感情を抱いている。
マルク・ラグナス
時計技師であり今回の招待客の一人。修道院の大時計の修復に関わっていた。無口だが、機械と対話するような職人気質。
フロランス
メイド長。ヴェルネ家に三代に渡って仕える忠実な家臣。厳格で一切の無駄を嫌う。
エドゥアール
屋敷の執事。背筋を常に伸ばし、礼節を欠かさぬ人物。屋敷の裏表をすべて把握している。
ギヨーム
料理長。かつて王宮厨房にいたこともある実力派。だが最近は館の者たちに不信感を抱いている様子。
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かつてこの地には修道女たちが暮らす修道院があったが、五十年前、不可解な失踪事件が相次ぎ、廃院。その後、貴族クラウディア・ヴェルネがこの土地と建物を相続し、屋敷として改築した。
しかし奇怪な噂は今なお絶えない。
深夜、誰も鳴らしていないはずの鐘が鳴る
無人の塔に灯る光
祈るような声が風とともに響く
やがて、馬車は屋敷の前に到着した。厚い扉が音もなく開き、古びた石畳の先
屋敷の門が静かに開かれた。
出迎えたのは、三代にわたってこの家に仕えてきたメイド長フロランスだった。白髪の隙間から覗く瞳は、鋭くも優しさを湛えている。
「アイゼンハワード様、そしてカズヤ様。ようこそ《聖ルクレール修道院跡》へ。現在は《ヴェルネ時計塔屋敷》と呼ばれております」
「立派な門構えですね」とカズヤは言った。
「でも……どこか冷たい感じがする」
「ここは、語らぬ者たちが多く残る場所です」
フロランスの言葉は、まるで意味深な祈りのように聞こえた。
屋敷内にはすでに何人もの親族たちが集っていた。




