第12話 魔界会議と裏切り
魔界首都・カタストロフォルタ、魔王宮廷 大会議殿。
巨大な漆黒の柱が並ぶ空間に、魔界の重鎮たちが揃っていた。
頭上を巡る魔力の灯火が不穏に揺れる中、重苦しい沈黙が流れていた。
正面、漆黒の円卓。その左席には《魔界の支配者》ダイ・マオウ。
右席には《隠居中の魔界最強剣士》アイゼンハワード・ベルデ・シュトラウス。
互いに正面から視線を交わしつつも、言葉は交わされていなかった。
代わりに、壇上の魔族たちが声を荒げていた。
「今こそ全面戦争の好機! 人間共は和平の裏で牙を研いでいたのだ!」
「報復せねば、我らが舐められるだけだ! 血には血を!」
「勇者どもが村を焼いたぞ!? 魔王軍は何をしておるのだ!」
議場は、怒号と呪詛で煮え立つ混沌と化していた。
その空気を切り裂いたのは、静かに、だが一際響く声だった。
アイゼンハワードが立ち上がり、椅子を押す音が静寂を生む。
「落ち着け。怒りに任せた剣は、かえって味方を斬る」
そのひとことに、場の温度が一瞬だけ下がる。
「人間共の愚行には、わしも怒りを覚えておる。だが、剣を振るう前に……
敵の本丸がどこにあるのか、見極めねばなるまい」
ダイ・マオウがゆっくりと頷き、言葉を続ける。
「アイゼンハワードの言葉は重い。我とて、ただ血を望むわけではない。
だが貴様、我らが沈黙すれば、敵は再び牙を剥くのではないか?」
アイゼンハワードはダイ・マオウに一歩近づき、目を逸らさずに言う。
「だからこそ、敵の“首”を狙う。……ただ暴れればよいのではない。
情報と証拠に基づく、確かな反撃が必要なのだ」
会場の魔族たちの間に、ざわめきが走る。
そのとき後方の扉が音を立てて開かれた。
歩み出たのは、政務宰相 バッカス そして情報参謀ノルド・ミルカ。
バッカスは手に持った封印魔術の書類を掲げ、会議殿の中心へと歩み出る。
「魔界に潜む“人間側の内通者”について、証拠が揃いました」
全員の視線が集中する中、ベルデが一枚の魔導投影を天井に映し出す。
そこには人間界の金貨が映っていた。特殊な刻印リュドミラ家の印章。
そして続けて映されたのは……一人の魔族の横顔。
場が凍る。
アイゼンハワードは、その顔を見て目を細めた。
それは彼がかつて育てた若者──
「……ゼフィル・カイン。貴様か」
議場がざわつく。誰かが叫ぶ。「ゼフィルだと!?」「アイゼンの弟子だろうが!」
ノルドが一歩進み出て冷静に言う。
「彼はリュドミラ家の外交顧問として、和平交渉の情報を横流ししていた模様。そればかりか、魔界側の結界構造を図面ごと提出していた形跡があります」
沈黙。
ダイ・マオウが口を開いた。
「アル。お前の弟子が、我を裏切った。お前はどうする?」
アイゼンハワードは、わずかに目を閉じてから、静かに答える。
「……弟子であることに、変わりはない。
だが、その誤りを正すのは、師の義務であろう」
ダイ・マオウの唇が、わずかに笑ったように見えた。
「ならば行け。お前に任す。奴を、止めてこい、アイゼンハワード」
裏切りの者は弟子、ゼフィル・カイン。
その背後には、リュドミラ家の“管理された勇者国家”計画があった。




