第8話 おもてなし
金と黒の大理石が敷き詰められた円形の玉座の間。
その中央に、黒き翼を持つ堕天使アザリエルが浮かんでいた。
「……来たか、人間どもよ。私を倒しに来たのだろう?」
静かな声。それなのに、耳に直接語りかけてくるような不気味な威圧感。
その場にいた全員の空気がピンと張り詰めた――と思いきや。
「はぁ、はぁ……あ〜もう、キツイわ〜っ!」
階段を駆け上ってきたグレイス・オマリーがその場にへたり込んだ。
後ろから黒魔術師マーリンも、ぼそぼそと息を吐きながら現れる。
「まったく……50階まで階段って何なのよこの設計……せめて魔法リフトぐらい置きなさいよ……」
アザリエルは宙に浮いたまま、少しだけ目を細めて言った。
「……ふむ、では一息ついたか?戦いの続きを始めよう――」
「ちょっと待ったぁぁ!」
グレイスが手をビシッと挙げて叫ぶ。
「アンタさぁ、ここでずーっと待ってたわけでしょ?私たちずっと登ってきたのよ?そっちは休憩し放題で体力満タンじゃん。不公平じゃない?」
「そうですわ。礼儀として、まずは"おもてなし"というものが必要ですわよ」
マーリンも指を一本立ててしれっと同調する。
「……おもてなし、だと?」
「そう!出会いの第一印象って大事なんだから。まずはお茶でも入れて、お菓子出して、笑顔で迎えるのが接客ってもんよ」
「ふむ……たしかに一理ある。よかろう。もてなせば良いのだな?」
ぱん、と手を叩いたアザリエルの背後に、無機質な黒い召使い型天使たちが現れた。次々とテーブルと椅子が出現し、豪華な食器と食事が並べられていく。
「ほら見なさい。やればできるじゃない。ふふっ、こうでなくちゃ」
「ほぉ〜、これはいいワイン……!」
グレイスはすでにボトルを片手にラッパ飲みを始めていた。
「料理もまぁまぁ……けど、デザートは? デザートがないと女子は黙ってられませんわよ?」
「もっと高級なチーズとかないの?トリュフとかキャビアとか」
アザリエルのこめかみに青筋が浮かぶ。が、冷静さを崩さずに問う。
「……どうだ、これだけのもてなし。もう戦っても良かろう、人間?」
「はぁ? こんなもんで“もてなした”とか言ってんの?甘いわね」
「眠たくなってきましたわ……あ、そこのベッド使ってもよろしい?」
ふわふわの羽毛ベッドを出現させるアザリエル。マーリンはスッと潜り込んで、そのままスースー寝息を立て始める。
「グレイス、そっちも寝るのか?」
「ん〜……ちょっとだけ……zzz」
酔いつぶれたグレイス・オマリーは椅子にもたれて爆睡中。
静寂が訪れた玉座の間。
腕を組んで座ったアザリエルは、一人残された俺たちを見つめながら静かに言った。
「……なるほど。これが“人間らしさ”か。ふざけた者たちだ」
そして、その瞳に殺気が宿る。
「だが私は見逃さない。その堕落、怠惰、傲慢――そのすべてが“罪”だ。ゆえに、私は人間を滅ぼすと決めた」
周囲の空気が、ぞわりと揺れた。
「勇者はまだか...。。。…俺もすこし休むか。」
その頃、勇者アルベルトと俺とシスターマリアは塔の40階へと到達をしていた。