第10話 国境破壊計画
夜空が赤く染まっていた。
それは夕焼けではない。
遠く、魔界の東部国境にある村デトロイトメタルシティが、燃えていた。
悲鳴。
爆音。
魔力を帯びた砲撃の残響が、大地を割ってこだまする。
《リュドミラ家》直属の傭兵団“ブラッドクラウン”が、和平条約を破って、ついに魔界領へと侵攻を開始したのだ。
しかも、それは「演習」という名目のもとで、既成事実化された“計画的暴挙”だった。
「……やりやがったな、リュドミラ家の連中め」
黒きマントをなびかせながら、アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウスは、崖上から燃える村を見下ろしていた。
手には、修復された魔剣《断罪ノ刃〈ギロティーナ〉》。
その刃先には、かすかな怒りと焦燥が宿っている。
背後から風に乗って飛んできた影が一つ。
黒く煙る空に、毒舌と共に現れたのは、さっちゃんだった。
「アイツら、本気で始めたわよ。このままじゃ、あんたが言ってた“対話”なんて一瞬で吹っ飛ぶわよ、アルおじ」
「……対話とは、一方が剣を抜いた時点で破綻する。わかっておるさ。わしが一番、な」
アイゼンハワードは静かにそう呟いた。
「だが、こちらからは“戦争”を始めぬ。それだけは、守る」
魔界・警備隊指令本部。
一触即発の緊張が走る作戦室では、各部隊が次々と報告を寄せていた。
「住民避難は完了しました! ただし西街区に残っている者が数十名……!」
「敵傭兵団、総勢500名! 魔導装甲兵と火力魔具を展開中! ただの民間部隊じゃありません!」
スティ・ゴルザックが、歯を食いしばりながら机に拳を叩きつけた。
「チッ……あの傭兵ども、完全に戦争モードじゃねぇか!」
彼の目は燃えていた。槍を携えたその背中から、すでに“魔力煙”が滲み始めている。
一方、端末越しに現れたノルド・ミルカは、冷静そのものだった。
「《ブラッドクラウン》の背後には、複数の軍需企業が出資してるわ。
リュドミラ家の資金洗浄にも利用されてる。これはもう、“ビジネス”よ」
「そしてこれは、序章。次は“魔界への全面侵攻”が計画されているわ」
作戦室が静まりかえる。
「……リュドミラ家の狙いは?」
「混乱よ。そして、“開戦”という大義名分。
魔界が一度でも反撃したら、それを口実に大軍を動かすつもり」
その時、魔界中枢より緊急通信が入る。
声は重々しく、そして不穏だった。
「こちら魔界評議会――アイゼンハワード卿、至急確認されたし。
人間界の条約破りを“宣戦布告”とみなし、全面戦争も辞さぬとの方針が採択されかけている」
沈黙が流れた。
さっちゃんの顔色が険しくなる。
「……アルおじ、やばいわよ。魔界が本気で“やり返す”気よ。止めなきゃ、地獄になる」
アイゼンハワードは、ゆっくりと魔剣を鞘に戻す。
その手は震えていた。怒りで、恐れで、哀しみで。
「わしの戦いは……争いを止めるための剣じゃ。だからこそ、今こそ振るわねばならんのだ」
「デトロイトメタルシティを守る。
民を守る。そして、無知な人間どもを殴って目を覚まさせる」
「それが、わしの役目よ」
魔界に侵攻してきた傭兵団との直接戦闘が始まる。
アイゼンハワード、スティ、ノルド、さっちゃんはデトロイトメタルシティへむかって歩みだした。




