第8話 校長室での再会
灰色の雲が、夕暮れの空を鈍く染めていた。
勇者学園の最上階、校長室
古びた真紅の絨毯、壁一面の書架、そして、ひとつだけ磨かれた黒檀の執務机。
その奥に、男がひとり、静かに座っていた。
銀灰色の髪を束ねた男。
漆黒の騎士服に、金の装飾。
蒼銀の瞳が、ただじっと、扉を見つめている。
ドアが開かれる。
気品ある足音。
その男は、ゆっくりと立ち上がった。
ガレス・ランディール。
かつて“人間界最強”と謳われた英雄であり、現在の勇者学園校長。
そして――現れたのは、
学ランの襟をめくり、ネクタイがどうしても締まらなかったらしくマントで誤魔化している男。
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。
471年の時を生きた魔族貴族。
かつて、共に剣を振るい、同じ敵を討った盟友でもある。
二人の視線が、交差する。
ふ、と微笑んで、アイゼンハワードが手を広げた。
「……懐かしいのう、ガレス。昔はここまで髪が白くなかったはずだが?」
ガレスは微動だにせず、口元だけで笑った。
「アル。君は今も、“対話”などという幻想に縋っているのか。」
「幻想とは失礼な。我が人生、基本的に対話とお茶菓子と保湿でできておる。」
「変わっていないな。」
「老いたというならともかく、“変わらない”というのは、少し切ない響きじゃの。」
ガレスは机の横から、一本の剣を取り出した。
それはかつて、アイゼンハワードと並び立っていた頃に使っていたもの
聖剣。
静かな声が、校長室に響いた。
「我々の世代が作らねばならぬのだ、アル。管理された、効率的な戦いを。
血で血を洗う無秩序な衝突を避けるために、“証明された戦士”と“証明された敵”が必要だ。」
アイゼンハワードの顔から、ふっと笑みが消える。
「それを“平和”と呼ぶのか? 戦を商品にし、死を制度にすることが?」
「私は英雄ではない。ただ、最も多くの命を秩序の中で生かす者として――計算しているまでだ。」
「お主の計算には、“魂”という項目が含まれておらん。」
「理想は時に、現実より多くの死を招く。」
アイゼンハワードはゆっくりとマントの下に手を伸ばし、さっちゃんが修理してくれた魔剣を抜く。
ギリギリと、空気が緊張する。
校長室に、殺気と想いが、刃のように交錯した。
「……ガレス。わしは、おぬしを斬りたくはない。今でも、そう思っておる。」
「もし君が、それを壊すつもりなら……君を斬るのは、私の義務だ。」
魔剣と聖剣の二人の剣が、同時に交錯する瞬間。
雷鳴が轟き、
赤と銀の剣閃が、静寂の中で火花を散らした。




