第4話 黒い報道
重厚な魔石造りの会議室。中央に据えられた魔晶スクリーンが淡く光を放ち、無数の人間界のニュースを映し出していた。
『魔界、再び暴走か!?』
『老害魔族、国境で剣を振るう』
『かつて魔王と対立した男が、今また歴史を繰り返す』
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス(通称:アルおじ)は、貴族然とした優雅な仕草で紅茶をすする。
しかし、その紅茶の表面はわずかに波打っていた。ティーカップを持つ指が微かに震えているのだ。
「……老害、とな?」
彼の呟きに、部屋の隅で腕を組んでいた屈強なオーガ 隊長スティ・ゴルザックが眉をひそめる。
「“ロウガイ”…? それは、敵の新たな呪文か」
さっちゃんがちんまりと椅子に座ったまま、タブレットを軽快にタップしながらため息をつく。
「いや呪文じゃなくて悪口。しかもあんたに向けたやつね、“老害魔族”。見てみ? こっち、“保湿オジサン魔王説”とか言って拡散されてんの」
「貴様ら……少しは我に同情しても良いのではないかのう。これは名誉毀損、貴族侮辱、スキンケア軽視の三重苦ではないか……!」
ノルド・ミルカ情報参謀官の夢魔は、長い脚を組んでスクリーンを見上げていた。艶やかな黒髪が揺れ、紫の瞳が冷ややかに光る。
「記事、ほぼ同じタイミングで配信されてるわ。新聞社もネットも。これは偶然じゃない。情報を一括で操作してる“誰か”がいる」
「俺の知ってる人間傭兵団も、“魔族対応訓練”とか言って装備増強してたな……商売目的で煽ってる可能性、大だな」
「あったよ証拠。この報道の背後にいるの、人間界の軍需商社ってとこ。武器売るために戦争を煽ってんの。何十年前と同じ手口だよ」
「ふむ……また繰り返すのか、歴史という愚行を。わしを“暴走魔族”に仕立て上げ、勇者どもを煽ってくると」
「問題は、“あなただからこそ”槍玉に挙げられてることよ。昔、魔王と対立した件が今さら掘り返されて、過剰に脚色されてる」
「ほら見て。“魔王を暗殺未遂した紅の刃”とか、“大戦の黒幕”とか、ヒマな中年のファンフィクションみたいなタイトルまで出てきてる」
「名誉もへったくれもねぇな……」
「我の武勇が、一介の伝説怪談に……しかも“おじさん向けホラー”枠とは情けない」
「でも人気は爆上がりだよ。“アイゼンハワード討伐チャレンジ”とか言って、SNSでバズってるし。金貨10,000枚の賞金ついた」
「それ、問題なのよ。貴族のあなたが、今や“エンタメ的ボスキャラ”扱いされてる。このままだと、命知らずの偽勇者どもが次々押し寄せてくるわ」
「わしの生存が、もはや娯楽と化しておるのか……?」
「ぶっちゃけ、そう。で、たぶんこのままだと“討たれてもOK”な空気を作って、開戦の大義名分にされるよ」
「人間界にとって、あなたは都合のいい“悪”なのよ。あまりにも便利すぎる“悪役”」
「だったら、俺たちでそれを潰すしかないな。噂ごと、すべてぶっ壊す」
スティはやる気まんまんだ。
アイゼンハワードは、静かに目を閉じた。
過去に背を向けたはずの男が、再び刃を握る決意を口にする。
「よかろう。ならばこの“老害”、少々、本気を出すとしようかのう。……わしの美学に反するが、泥臭くいくぞ」
「……言っとくけど、あんたは、もう泥だらけだよ、アルおじ」
「このくだらない嘘と商売根性と、情報操作のゴミどもを、ぶっ壊してやろうよ」
貴族の魔族は、そっと目を閉じた。
まるで、自身の内にある炎を静かに思い出すかのように。




