第7話 慟哭(どうこく)の静寂(しじま)
コンサートホールの大ホール。深紅の緞帳が下ろされ、客席の照明は落とされていた。だが、舞台上だけは薄明かりに包まれている。その中央に立つのは、アイゼンハワード。黒いタキシードに身を包み、静かに、しかし確固たる声で言葉を紡ぐ。
「みなさん、ここに集まっていただいたのは、ひとつの答えを告げるためです。アマリリス・クレメンタインは他殺です。そして犯人は、ここにいます」
舞台の左右に立つのは、オーケストラメンバーたち。控えめにため息が漏れる。張りつめた空気が一層重たくなる中、アイゼンハワードは左手に小さな布片を掲げた。
「これを見てください。ハル・シマザキの手袋の切れ端です。微量ながら、猛毒“ボタニカ・ノワール”の成分が検出されました。これは偶然ではありませんこれは、計画された殺意の証拠です」
ハルは椅子に深く座ったまま、顔を伏せていた。だが次の瞬間、彼の肩が震え、低く押し殺した声が漏れる。
「……あいつが全部、壊したんだ……」
アイゼンハワードは続ける。
「【トリックの真相】を説明します」
【毒の仕込み】
リハーサル後、ハルは舞台袖でアマリリスの愛用する弓に毒を塗布しました。毒は即効性ではなく、摩擦と体温で徐々に皮膚から吸収される特殊なもの。
【控室の密室トリック】
アマリリスが倒れた控室の扉は、“外からマグネットで施錠・解錠できる”改造鍵。ハルは外から鍵を閉め、まるで誰も出入りしていないように見せかけた。
【アリバイ作り】
演奏中、ハルはわざと“用事”を装って控室の前を通過。誰かが控室にいたと印象づける証言を、周囲に残した。
【時刻のトリック】
控室の時計とホールの舞台時計には数分のズレがあった。このズレを利用し、“死亡時刻”に錯覚を生じさせた。
【音の残響】
演奏中、アマリリスが倒れた瞬間の音は、ホールの残響によって一瞬遅れて客席に届いた。それにより“演奏中に死んだ”という印象が強調された。
「つまりアマリリスは、演奏が始まる“直前”に毒の効果で倒れた。だが、音と記憶のタイミングを操作することで、犯行を音楽の中に溶かし込んだんです」
カズヤが震える手で掲げる。ハルの手袋の破片。それが、すべての証明だった。
静まり返る舞台。
そして
ハルはゆっくり顔を上げ、苦笑のような歪んだ表情を浮かべた。
「アマリリスは、俺の音を……嘲笑った。音楽そのものを、道具にしたんだ。俺の、夢まで踏みにじった」
アイゼンハワードは、ただ静かに言葉を返す。
「それでも、殺していい理由にはならない」
舞台上に、重く沈黙が降りる。




