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【ランキング12位達成】 累計53万7千PV運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:バイオリン殺人交響曲』

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第2話 舞台裏の不協和音

鳥取砂丘の風が、夏の匂いを運んでくる。

その向こうでは、荘厳な音色が響いていた。


遠くから、重厚で荘厳な音色が響いてくる。

砂丘の先に聳えるように建てられた〈天音ホール〉。

世界各国の音楽家が集う、幻想の祭典――天音交響祭が、今まさに始まろうとしていた。


妖子の手配で、二人は特別な許可証を手に入れ、観客では入れない舞台裏へと足を踏み入れた。


「今夜の演奏会、来るといい。舞台裏にも入れるよう手配しといたわ」


妖子がそう告げたのは、昨夜の電話だった。

その声は冷たく、それでいてどこか懐かしさを帯びていた。


舞台裏の通路は、まるで巨大な心臓の裏側のように、緊張と熱気が充満していた。


「妖子さん、調律師ってこんなとこまで入れるもんなんだな」


「彼女の調律がないと、この祭典は始まらない」

とアイゼンハワードは言う。


通路を抜けた先、妖子が静かに佇んでいた。

白銀の髪を後ろで結い、黒い和装風の制服。背筋は真っ直ぐ、目は一音の狂いも見逃さない職人のそれ。


彼女は、かつてアイゼンハワードと命を奪い合った因縁の相手。

今はただ、音にすべてを捧げる女。


「来たのね、亡霊さん」


「こっちは観光ついでだよ。まさか、また“音の殺人”なんて起きないよな?」


「それは、音が狂わなければの話よ」


カズヤは首をかしげながらつぶやく。


「アルおじさん……お前ら、なんかただならぬ過去あるだろ」


妖子は口元だけで笑った。


そのとき


「お久しぶりね、妖子」


金色の髪を波打たせ、透き通るドレスを纏った女が現れた。

その姿はまるで、氷と光の中から現れた精霊のようだった。


挿絵(By みてみん)


「アマリリス・クレメンタイン……!」

カズヤが思わず声を上げる。


「俺でも知ってる。あの世界的ソリスト……」


アマリリスは妖子の前に立ち、微笑んだ。


「あなたの調律で弾けるのは、誇りよ」


「失敗したら“彼”に刺されそうだし」

妖子が目配せする先には、腕を組んだアイゼンハワードがいた。


「……あなたは?」


「ただの見学者です」


アイゼンは静かに返した。


「こええな、おっさん……」

カズヤがぼそっと呟く。


アマリリスはその視線に気づいたのか、少し目を細める。


「彼も演奏家かしら?」


「いや、俺はサラリーマンです。嫁に逃げられて、今はニートです」


「……強靭な精神ね」

アマリリスはそれ以上聞かず、微笑だけを残して去っていった。


彼女の背を見送るように、三人は控室の奥にある調律部屋へと向かう。


そこには、妖子の弟子である若い男ハルがいた。


長身で痩せぎす、どこか目の焦点が合っていない。

アマリリスの姿を見るや否や、彼の顔色がさっと青ざめる。


「……どうして……あんな女が……」


ぽつりと漏れた独り言に、空気が張り詰めた。


「ハル」

妖子が低い声で呼びかける。


「……許せない。あの人が……今日のソリストなんて」


「感情で弦を張るんじゃない。音は、誤魔化しを許さないのよ」


その言葉に、ハルは唇を噛みしめ、調律作業に戻った。

カズヤが小声でアイゼンに訊ねる。


「なあ、アマリリスって、なんかやらかしてんの?」


「昔、ある指揮者を潰した。表に出なかったが、ハルの師だった男だ」


「潰したって……」


「“音”は人を殺す。時に、名誉も、人生もな」


やがて午後のリハーサルが始まり、舞台には重厚なオーケストラが揃う。

アマリリスが舞台中央に立ち、静かに構える。


「すげぇ……これが本物の空気ってやつか」

カズヤが思わず呟いた。


緊張感が張り詰める中、彼女の弓が弦に触れる。


だが。


ピンッ


甲高く乾いた音が響いた。


舞台の中央で、アマリリスのバイオリンのE線が弾け飛んだ。

会場がどよめく。


「え、なに? 事故? でもこんなタイミングで……」


カズヤが戸惑いの声を上げる。


「不吉な兆しね……」

妖子の低い声が、空気を冷たくする。


アイゼンハワードの表情が険しくなる。


誰かが、音楽を殺そうとしている。

そう、かつて妖子が言った台詞が脳裏をよぎる。


「これはただの事故か?」


「だったらいいんだけどね」


事件の幕は、静かに、だが確実に上がっていた。

鳥取の夜に、運命の交響曲が鳴り響く。


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